2007年、33年の時間を巻き戻し天文少年ならぬ天文壮年へ再入門。隊員1名。その後の変化でただいま星空は休眠状態。郷土史、草刈り、読書、ドローンの記事が多くなっています。
北山先生と『PSSC物理』(後編)
2009-04-20 Mon 00:02
前編よりの続き

0903074.jpg 『PSSC物理』というのは1960年に米国で出版された先進的な高校物理の教科書だ。北山先生はこの大部の本を物理Iの授業の第一回目の最初に参考図書として紹介した。上巻3100円、下巻4800円、別冊2300円というのは1973年当時の高校生の参考図書としては破格の高額図書だ。「将来物理を勉強したい者は読むといい」と言ったのかもしれない。その辺りのニュアンスは忘れてしまったが、参考図書というのはあくまでも参考と思っていたのでその後しばらく書店で中身を見る事も無くそのままになっていた。

   『PSSC物理』 上・下・別冊
      山内恭彦 平田森三 富山小太郎翻訳監修 岩波書店 1962年

 北山先生の授業は教科書とはまったく離れているので予習のやりようも無く、授業に出るのはいわば丸腰で決闘に臨むような感じだった。ところがある日吉祥寺の書店で見た『PSSC物理』に北山先生が板書するグラフがそのまま載っているではないか。おそらく翌日上巻を買って、ベクトルの説明や等速直線運動、作用反作用について理解して行ったのだと記憶する。
 若い頃というのは得てしてそういうものだと思うが、過去へのこだわりが希薄なためたまに帰省した時間を使って高校時代の恩師に会いに行こうとまでは思わなかった。送られて来た同窓会誌で北山先生退職の報を目にしてもそうだった。自分が物理の世界で食べて行けていればまたきっかけもあったのかもしれないのだが。
 それからさらに数年後、北山先生の訃報に触れた時になって、やり残した事があったとようやく気づくのだった。
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この記事のコメント
> それからさらに数年後、北山先生の訃報に触れた時になって、やり残した事があったとようやく気づくのだった。

これ,いたく同感します。ふるさとから遠く離れて暮らしているとなおさらです。
2009-04-20 Mon 00:56 | URL | いっかくじゅう #-[ 内容変更]
かすてん様、こんばんは。
 私が思うのは、天文少年あるいは天文少女であったことをきっかけにして大学で物理を専攻する人が意外とすくないことです。私の周りに物理学科出身の人は多いですが、熱狂的に天体望遠鏡を覗いていたというタイプの人はほとんどいないようです(アンケートを採ったわけではありませんが、たまに私が星見の話をすると反応でわかる)。不思議なことだと思っています。私は、天文の影響で物理に入りました。天体の位置計算や宇宙論や宇宙の物質反物質などに興味を持ったことが直接の動機です。

 かすてんさんは、物理に入られるきっかけは高校の先生の授業とタネ本の教科書だったということなのですね。アマ天文観測は関係なかったのでしょうか。
 私は、『PSSC物理』などというような高尚なものは高校時代には知らなかったです。高校の物理の授業もまあいい加減に聞いていました。それでも、私の実験物理に対するバリアを下げてくれたのは高校の先生がいろいろと実験装置を紹介してくれたおかげだと思っています。 
2009-04-20 Mon 18:43 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
いっかくじゅうさん
 若い頃の私は、過去へのこだわりが希薄ということに加え対人スキルが貧弱で自信がなく人に会うことはとても億劫なことでした。年を取って来たせいか最近は逆に、会いたい人には押し掛けてでも会っておかなくてはという考えに180度転換してしまいました。

S.Uさん
 小中高を通して天体観測や天文へのエネルギーはむしろ減少傾向で、中学校の頃からブルーバックスを読み高校で物理に出会ったことで天文よりもさらに世界を基本的なレベルで理解できそうな物理学に引かれたのだと思います。そのプロモーターの一人が北山先生でした。まだ書いていませんが予備校時代の物理の先生にもかなり大きな影響を受けました。高校時代に天文への情熱が冷えて行ったのは、多くの友人と遊ぶ中で他に楽しいことがいろいろとあったことが一番でしょう。天文を通じた身近な友達は一人もいませんでしたから興味の広がりに乏しくなったのだと感じます。
2009-04-20 Mon 22:42 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
かすてん様、 
なるほど。中学高校時代に天文を続けていくには仲間がいるかいないかということが大きい、物理はそれがいらない、ということがあるかもしれません。
 現代では、私たちの時代のように中学・高校の同年生だけで天文同好会をつくるなどというようなことはまず考えられないでしょうから、学校のクラブの顧問の先生が天文分野の興味を広げてくれるとかそのようなことが必須なのかもしれません。
2009-04-21 Tue 08:05 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
仲間が必要かどうかというよりも、私の中での天文趣味のピークが過ぎたということだと思います(一人だったからピークが短かったとも言えます)。天文に目覚めるのが小学校時代でなくもう少し後の高校時代であったならば天文趣味を抱えたまま大学生活へ突入したかもしれません。もっと言えば大学選択にも影響したかも(空の暗そうな地方大学を選ぶとか)。趣味との出会いも人との出会いのように、時期によってその後の展開がいろいろと違いそうで、人生の機微を感じます。
2009-04-21 Tue 11:28 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
 天文現象は人間の成長や寿命の時間スケールに合わせて起こっているわけではないので、人によって間が合ったり合わなかったり、嵌ってしまったり飽きてしまったりするのはやむをえないことだと思います。
 それにしても、かすてんさんがすごいのは33年の時間を巻き戻されたことです。普通はゆるむ一方だと思うのですが。
2009-04-21 Tue 20:23 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
すごくはないと思いますが、ただ、空白の33年間とはいえ時々に「いつかまた星を見る時が来るだろう」という予感は持っていました。大阪の街中での学生時代、子供時代に暮らしていた武蔵野の団地でのサラリーマン生活、土浦の街中での新たな出発、現住所へ移ってからの忙しかった十数年、こうして思い返すとこの33年間は星を見られる環境にはなかったように思います。意識的ではなかったものの、戻るべくして戻った2007年なのかもしれません。

それにしても天気が悪いですね。明日は回復してこと座流星群をぼんやりと眺めたい物です。
2009-04-21 Tue 21:13 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
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