2007年、33年の時間を巻き戻し天文少年ならぬ天文壮年へ再入門。隊員1名。その後の変化でただいま星空は休眠状態。郷土史、草刈り、読書、ドローンの記事が多くなっています。
和田岬砲台史跡指定100年記念の展示会開催中
2021-02-13 Sat 00:00
2102101.jpg2月6日から3月28日までの会期でただいま神戸市立博物館で「特別展 和田岬砲台史跡指定100年記念 大阪湾の防備と台場展」が開催されている。大阪湾防備には土浦の土屋の殿様(土屋寅直)が大坂城代として指揮を取った縁もあり、台場好きとしては気になる展示会だが行く機会もないので図録を購入した。資史料と解説が豊富で読み応えがあるのだが、一つ残念なのはA5版にしたためだと思うが、文字が小さく写真や解説文を読むのには片手に天眼鏡が必要。

 →特別展 和田岬砲台史跡指定100年記念 大阪湾の防備と台場展
別窓 | 城郭・郷土史 | コメント:3
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この記事のコメント
>和田岬砲台

この場所は造船所だと思いますが、江戸時代から陸地だったとは驚きです。岬というからには、昔のほうがむしろ高地だったのでしょうか。
2021-02-13 Sat 08:34 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
歴史的にも、すぐ北側が大輪田の泊まりですし、南北朝の湊川の戦いもこの辺りですし、かなり昔から出てくる地名ですから台場のために埋め立てたわけではないのですよね。
13年前に行った時は、三菱造船所に事前連絡しておいて、案内していただきました。写真は撮れませんでしたが造船所のドックには潜水艦が入っていました。
2021-02-13 Sat 08:53 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
おぉ、実際に行かれたのですね。でも簡単にいけるところではないのですね。

>南北朝の湊川の戦いもこの辺りですし、かなり昔から出てくる地名

 昔の自然状況はなかなかわかりませんが、伊能中図では、和田岬の東側は、八部郡御崎村となっていて、

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E9%83%A8%E9%83%A1

によると、旗本領で比較的狭い村に分割されていることから、それなりの居住区域だったのかもしれません。
2021-02-13 Sat 09:43 | URL | S.U #IU4I4fqQ[ 内容変更]
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