2007年、33年の時間を巻き戻し天文少年ならぬ天文壮年へ再入門。隊員1名。その後の変化でただいま星空は休眠状態。郷土史、草刈り、読書、ドローンの記事が多くなっています。
180度のパノラマを撮れる平面レンズ
2020-09-26 Sat 00:00
2009241.jpg・MITの技術者チームが完全にフラットな魚眼レンズを開発、広角レンズの製造が容易になる可能性
 え?どうしてと思ってしまう。平面レンズなのでスマホにも組み込み可能で、体を捻らず、棒立ちのままパノラマ写真が一発で撮れるようになるってことだ。[写真はリンク下の記事より]
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この記事のコメント
えっ、どうして、なんでしょうね。

フレネルレンズというのはありますが、平面のフレネルでは、光路長が揃わないし、迷光や回折が入るので結像性能はなかったと思います。レンズ全面で連続的で光路長が揃っている設計なら素晴らしいです。
2020-09-26 Sat 07:34 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
製造コストが下がれば応用範囲が広そうです。

ぜんぜん別問題なのですが、以前サイエンスカフェをしていただいたときに参加していた友人から、「日本人が地球を球体と認識したのはいつ頃?」と質問されました。あの時のお話の中にあったような記憶もおぼろげにあるのですが、あらためて教えてください。
それは近世以前でしたか?この時とか、この書物の中とか、ある程度の時期は分かっているのでしょうか?。
2020-09-26 Sat 11:56 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
>記憶もおぼろげ

私も記憶がおぼろげです。なんとお答えしたか憶えていません。
改めて考えると、単純な問題ではないように思います。

 中国の漢代から「渾天説」というのがあり、古くから渾天儀もあったので、日本の知識人は、中国に地球説があると中世以前から知っていたのではないかと思います。それでも、渾天説が正しくても、地面が球形で球面上に各国があると信じる必然性はないように思います。

 実際に、地球の裏側にも人が住んでいて、地球の中心が「下の方向」だから落ちずにすむ、と確信を持って学ぶようになったのは、もっとずっと最近、江戸中期、蘭学前夜の頃かもしれません。三浦梅園は弟子のためにそのような図解を作っています。

 戦国時代では、南蛮人の世界一周を理解していた人は一部に限られていたと思いますし、地球儀や世界地図が普及していなかったので、彼らがどこから来たかちゃんと理解している人は少なかったと思います。
 
 なお、Wikipediaによると『天文図解』(1688年 井口常範)という本が、「日本最初の一般向けの天文学の書籍とされ、また日本で『地球』という語が使われた最古の例ともいわれている」とあります。

https://www2.dhii.jp/nijl_opendata/NIJL0201/049-0284/12

の左ページの本文1行目めのことですね。
2020-09-26 Sat 13:26 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
自分たちが球体の表面にいて、裏側にも人がいて、落ちていかない、ということをいつごろから認識したのかを示すのは結構難しいのですね。理屈は知ったが納得したかは別ということもあるでしょうし。
2020-09-30 Wed 09:34 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
機会がありましたら、

『三浦梅園自然哲学論集』 (岩波文庫 青15-1)に載っている「手びき草」というメモの「方円」の節をご参照下さい。三浦梅園によるど素人向けの天文学の解説です。

 地球の裏側の人は、地球と反対側に落ちると思うだろうが、そうはならない。磁石の球を考えろ、といろいろ工夫して解いています。これが、蘭学普及前の一般レベルだったのだと思います。
2020-10-01 Thu 20:19 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
本人は万有引力を理解した上で、一般向けには方便を駆使していたのですね。
2020-10-02 Fri 07:25 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
>本人は万有引力を理解した

 ここがちょっと微妙です。三浦梅園は、蘭学者ではなかったので、ニュートンの万有引力はしらなかったと思います。それとは別に、東洋哲学の気の力とか、物質の離合集散(気が集まって固体になる分子間力に相当する考え)を念頭においていた可能性のほうが大きいです。

 磁石についても、「磁気」と書きますから、このへんがどこまで方便かは怪しいです。確かに、とても重要な検討課題であるようですが、蘭学前の日本では、物理学・天文学はやはり資料不足です。
2020-10-02 Fri 12:30 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
プリンキピアの出版後だったとしても、翻訳を含めてそれを読んでいたかは別問題なのですね。
2020-10-02 Fri 18:53 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
>プリンキピア
 プリンキピアのニュートンの科学を引用して翻訳しているのは、志筑忠雄『暦象新書』以降だと思います。これは蘭学で、1800年頃です。

 蘭学以前にケプラー方程式の天文計算を仕入れたのは、麻田剛立のグループが初めで、ちょっと早いだけで1790年代でした。これはサインコサインの数学なので、一般人の地球重力の関心とは関係なかったと思います。
2020-10-02 Fri 19:31 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
プリンキピアの紹介はかなり後なのですね。地球が球体であることを聞いて知ってはいても、万有引力の認識から理解できたのはそれ以降となりますね。
2020-10-03 Sat 10:50 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
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