2007年、33年の時間を巻き戻し天文少年ならぬ天文壮年へ再入門。隊員1名。その後の変化でただいま星空は休眠状態。郷土史、草刈り、読書、ドローンの記事が多くなっています。
感染症との共存の歴史
2020-04-02 Thu 00:00
・緊急公開:人類と感染症、闘いと共存の歴史(全文)
 新型コロナも、目の前の不安にどう対処するかと並行して、感染症との戦いという視点で客観的に、相対的に見ていく時期に来ているのではないだろうか。
別窓 | コロナ事件 | コメント:7
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この記事のコメント
かすてんさんは、1968~69年の香港かぜを覚えていらっしゃいますか? 私はニュースで、遠い都会のほうの話かと思って聞きました。当時は、田舎では世界的な伝染がやってくる脅威は、少なくとも子どもはあまり感じませんでした。

 以前も話したことがあると思いますが、ちょうど同じ頃、私の地方では赤痢が流行り、これは相当の衝撃を受けました。毎日、手を消毒され、クラスメートの1人が隔離病院に送られ見舞いにも行けず、”非人道的”な肛門採取の検査を複数回強制されました。
 あと、蚊が媒介するという日本脳炎も、ヒト間の流行ではありませんが、例があったかもしれません。

 かすてんさんのご記憶では、赤痢などインフルエンザ以外の伝染病の流行はありましたか?

2020-04-02 Thu 10:26 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
香港かぜは記憶にはあります。ただ、自分や周囲に感染者がいたかどうかの記憶はないです。

赤痢については、小学校前半3年間を担任してくれた昭和一桁生まれの女の先生が、子供時代に田舎で生水を飲んで感染した経験を話してくれました。感染症の怖さはそれで刷り込まれました。ところで、”非人道的”な肛門採取の検査は、感染者本人だけでなく、周囲のS.Uさんたちもさせられたと言うことですか?

日本脳炎も怖かったですが、ベクターは蚊ですからね、どうしようもないじゃないかと思いましたね。

大阪市内育ちのヨメさんの記憶では、トラホームの同級生がいたそうです。他に、喉に膜ができるジフテリアの話を聞かされて恐怖したと入っています。お父さんからは、赤痢になるから買い食いするなときつく言われたそうです。

麻疹みたいなものの代表の麻疹、おたふく風邪、水疱瘡はやりました。

現在の生活の中では、城館調査で藪へ入るので、ダニ感染症が怖いです。
2020-04-02 Thu 18:55 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
私の地方の赤痢については、市町村程度の範囲で流行ったものと思いますが、原因は水なんでしょうか。手をクレゾールで消毒する以外の対策は聞かされませんでした。

>、”非人道的”な肛門採取の検査は、感染者本人だけでなく、周囲の

 検査は、全校生徒、および校区の住民全員だったと思います。なお、大人に非人道的な検査をしたのかどうかはしりません。

>日本脳炎も怖かったですが、ベクターは蚊ですからね、どうしようもないじゃないか

 日本脳炎は、患者が近くで出たという話は聞きませんでしたが、現に家畜が近くにいくらでもいて、コガタアカイエカに似た赤い蚊もいっぱい飛んでいましたので、流行時は飛んでいる蚊の種類に気をつけていました。

>ダニ感染症
 今でも多いかわかりませんが、他に、ツツガムシ病、破傷風は感染の恐れがあり、恐いと思っています。若い人は知らないのではないでしょうか。
2020-04-03 Fri 09:50 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
>”非人道的”な肛門採取
 お尻を晒して、検査官が採取する、とかですか?

>日本脳炎〜家畜が近くにいくらでもいて
 馬は少なかったと思いますが、お父様は豚や綿羊の日本脳炎を警戒されていたのではないでしょうか?

>破傷風
 忘れていました。津山のはとこが幼い頃感染していました。幸い回復したので良かったですが、自分が住んでいる武蔵野も常在地だと知り恐ろしく感じました。東京ではさすがにツツガムシ病は聞いたことはありませんでした。
 私が生まれた時、父は結核の手術後で入院中でしたから、家族は感染症と隣り合わせで生き延びてきたと言えます。
2020-04-03 Fri 10:42 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
>お尻を晒して、検査官が採取する
 そうです。大人(先生や地域住民)にもこれをやっていた可能性があります。今や民俗学のテーマ?

>日本脳炎〜家畜が近くにいくらでもいて~馬は少なかったと思いますが、お父様は豚や綿羊の

 父から聞いたことはないです。どれも少数ですが、うちは緬羊で、馬、豚を飼っている家もありました。牛は多かったですが、牛はだいじょうぶなんでしょうか。

 赤痢やインフルエンザで死ぬとは思いませんが、蚊1発で日本脳炎にかかってしまうとほとんど致命的と当時は思っていました。

>東京ではさすがに
 ツツガムシもダニの一種なんですね。これはカワニナが媒介と言われていて、カワニナは当時は近所の川になんぼでもいました。水がきれいでないといないので、環境の良いところで恐れられていた病気だったかもしれません。私の子どもの頃にはかかる人はもういなかったと思います。

 いっぽう、結核は、どちらかというと「街の人」の病気でしたね。
2020-04-03 Fri 11:34 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
>お尻を晒して、検査官が採取
 戦争を体験した人たちにとってはその延長にあったのではないでしょうか?

>日本脳炎
 豚が一番危なそうですが、牛もあるのでしょうね。厩の壁に這い上がろうとする劇症の馬の話を友達の獣医から聞いたことがあります。

>結核
 街でかかって田舎へ療養に行く。でも、戦争の影響も大きいですね。
2020-04-03 Fri 15:01 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
>戦争を体験した人たちにとっては

 おー、そういう連想はありませんでした。でも、昭和初めまでに生まれた人が受けたとしたらそうでしょうね。検査員のほうもそうかも。

それらの年代の人は、当時はまだ働き盛りでした。夢のようです。
2020-04-03 Fri 17:57 | URL | S.U #Ol/FB2WA[ 内容変更]
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