2007年、33年の時間を巻き戻し天文少年ならぬ天文壮年へ再入門。隊員1名。その後の変化でただいま星空は休眠状態。郷土史、草刈り、読書、ドローンの記事が多くなっています。
信太庄伝領を辿ってみた
2020-03-29 Sun 00:00
自分がいま住んでいる霞ヶ浦の南側一帯は、江戸時代まで信太庄と呼ばれていた。律令時代の信太郡がその後荘園化されて信太庄になり、荘園が無くなった後も地域の名称として江戸時代まで信太庄と呼ばれてきたということになる。荘園としての信太庄も人から人へと寄進されてたいへんめまぐるしい変遷があった。その伝領を簡単に書けば、平頼盛→藤原宗子(池殿禅尼)→美福門院得子→八条院暲子→春華門院昇子→昭慶門院憙子→東寺および後醍醐天皇となる。これを眺めていると、どうしてもNHK大河ドラマ『平清盛』のキャスト、西島隆弘→和久井映見→松雪泰子→佐藤仁美→の顔が思い浮かぶ。ただし、後醍醐だけは『太平記』の片岡孝夫になってしまうが。
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