2007年、33年の時間を巻き戻し天文少年ならぬ天文壮年へ再入門。隊員1名。その後の変化でただいま星空は休眠状態。郷土史、草刈り、読書、ドローンの記事が多くなっています。
函館若松埠頭 サンダル履きで朝市へ!
2019-04-18 Thu 00:00
1904172.jpg・函館新聞:函館港に新時代到来 若松埠頭にクルーズ客船が初接岸
 JR函館駅から300mの若松埠頭?そんなのあったかなと思ったが、知らないはずだ、摩周丸の横に桟橋を新設したらしい(図のオレンジ部分)。これまで大型船は町外れの西埠頭に接岸していたが、幸町、西埠頭、大黒通り商店街などは自分にとっては大好きなエリアだが、観光客には不便だったと思う。若松埠頭は目の前が函館朝市なので、サンダル履きで買い物に行ける近さだ。豪華客船で寄港した海外のセレブ達が、朝市でカニを買うのかどうかはわからないが。
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この記事のコメント
トンネル開通の少し前に、一往復だけ青函連絡船に乗ったことがあります。たしか羊蹄丸だったと思います。

 当時の大型客船の埠頭は、どこにあったのでしょうか。この摩周丸の場所だけでは狭いですよね。

 
2019-04-18 Thu 12:22 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
>羊蹄丸
 函館は摩周丸で、羊蹄丸は青森に係留してあるのでしたかね。

>当時の大型客船の埠頭
 文章に書きました西埠頭です。地図は下のURL。
https://blog-imgs-126.fc2.com/k/a/s/kasuten/1904181.png
 滞在中にたまたま散歩に行ったら、この船が寄港していました。
https://en.wikipedia.org/wiki/Le_Grand_Bleu_(yacht)
(リンクが途中で切れているので全体をコピペしてください)
2019-04-18 Thu 13:34 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
>文章に書きました西埠頭

 あぁ、そうだったのですか。
鉄道切符と通しで札幌まで買って、朝市も行ったので、函館駅の近くに着いたのかと思っていました。実は、函館の街で1泊したので、位置関係の記憶はあやふやです。
 では、当時は函館本線が西埠頭までのびていたのでしょうか。

>羊蹄丸
 青森港は今でも鉄道駅がすぐ近くにあるようです。そこにあるのは八甲田丸で、羊蹄丸は解体されたそうです。乗った船については、自分で撮った写真があったと思いますので、機会があれば見ておきます。
 
2019-04-18 Thu 13:54 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
>当時は函館本線が西埠頭までのびていたのでしょうか。
 いえいえ、連絡船は函館駅です。本文の写真の橙色が今回新設の若松埠頭ですが、その脇に船が写っています。それが資料館として係留されている摩周丸です。S.Uさんが行かれた時は、そこまで線路があったのです。連絡船の桟橋はここで、それ以外の大型クルーズ船は西埠頭で、定期便のフェリーや貨物船の桟橋は若松埠頭以北から上磯にかけてにあります。

>そこにあるのは八甲田丸で、羊蹄丸は解体されたそうです。
 羊蹄丸ではなくて八甲田丸ですか。
2019-04-18 Thu 21:35 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
>連絡船は函館駅

 はぁ、そうでしたか。摩周丸のへんは狭いですね。せいぜい2隻くらいしか泊められそうにありません。

 連絡船の最盛期の盆暮れには、ここが何千人、何万人の人で賑わったのでしょうね。

 私が札幌に行った帰りには、積丹半島から盛岡まで半日くらいで移動したので、函館では瞬速で乗り換えたとみられ、記憶にまったくありません。
2019-04-19 Fri 08:21 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
>連絡船の最盛期の盆暮れには、ここが何千人、何万人の人で賑わったのでしょうね。
 おまけに、北洋漁業での賑わいも重なっていましたから、今から想像するのは不可能ですね。

>積丹半島から盛岡まで半日くらいで移動
 これはまた駿足ですね。でも、その当時は列車の旅それ自体で十分楽しめました。
2019-04-19 Fri 11:26 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
>駿足
 確かにこれだと実時間で12時間くらいかかりそうですね。

 すみません。どうも嘘を書いたようで、記憶違いだったようです。してみると函館は帰りに1泊したのでした。

 駿足だったのは、行きの青森~札幌でした。行きは苫小牧経由、帰りは余市からでした。とにかく汽車も船もずっと寝ていて記憶がないので記憶違いもなにもわかりません。
2019-04-19 Fri 13:04 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
当時の北海道の列車旅、ずっと寝ていたのは勿体無かったですね。
2019-04-22 Mon 22:02 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
>ずっと寝ていたのは勿体無

 それは、リアルタイムでも同行者(研究室の同年生と指導教官)に言われました。でも、寝ながら聞き流していました。
2019-04-23 Tue 16:50 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
少なくとも、鉄ちゃんの成分はないのですね。
2019-04-23 Tue 18:13 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
>鉄ちゃんの成分

 いわゆる今の鉄ちゃんではなかったですね。

 田舎の鉄道には昔から身近だったので、趣味というより空気のような存在でした。中学生の時はSLで通学していましたし、そのころ「出雲」が山陰線を走っていて、夜中に列車の音でよく起こされました。

 当時の客車はデッキが吹きっさらしで、駅に停まったときは列車が長くて往々にしてホームからはみ出し、学校生徒が次々と砂利の上に飛び降りていました。

 前にも書いたかもしれませんが、中学の友人が通学の列車で帽子の忘れ物をしたら、それが鳥取駅まで行って帰ってきました。でも、浜田行(京都発)がざらだったので、鳥取なんぞは近いほうの印象でした。

 ということで、北海道の雄大な鉄道にもさほどビビらなかったのかもしれません。
2019-04-23 Tue 18:46 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
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