2007年、33年の時間を巻き戻し天文少年ならぬ天文壮年へ再入門。隊員1名。その後の変化でただいま星空は休眠状態。郷土史、草刈り、読書、ドローンの記事が多くなっています。
初めてつつじヶ丘から筑波山へ登る
2017-09-22 Fri 00:00
今年ポーランドからやって来るのはズビグニエフの息子で去年来たヴィテックの兄のミーハウと嫁さんのオーラ。去年、ヴィテックたちを筑波山へ連れて行ったのだが、土曜日で超満員だったために、見せたかった奇岩群まで行けなかった。今年は平日に行く計画を立てていて、その下見に行ってきた。今回は初めてロープウェイのあるつつじヶ丘駐車場を使ってみた。

1709191.jpgなんじゃこれは!?という昭和な娯楽施設とその一部残骸。外国人にはウケるだろうか?

1709192.jpgガマの遊園地の脇がおたつ石コースの登山口。30分弱で弁慶茶屋着。ここから先が奇岩コースの始まり。まずは弁慶七戻り。あの大地震でよく落ちなかったことだ。微妙なバランスは地震前後で変わっているのじゃ無いかだろうかと若干不安になる。写真ではちっとも迫力を描写できないので、近くの方はぜひ見に行くべし。

1709193.jpgそこから次々と自然が趣向を凝らした巨岩の造形が続き、奇岩のトリとなるこの大仏岩を見ながらまもなく女体山頂上へ到達した。弁慶茶屋から女体山頂までは遊びながら行くので約45分。

1709194.jpg本日ちょっと驚きがっくり来たのは、弁慶茶屋で話をした筑波大学生さんたちが霞ヶ浦を知らなかったこと。筑波大の学生は全国各地から集まってきているので地元とはいえ茨城県のことに疎いのはわからないでも無いが、これは大学入学以前の常識だろうとも思う。海外からの留学生も多い筑波大学なので、1年生前期の教養課程ではぜひ地域の文化歴史講座を必修にしていただきたいものだ。
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この記事のコメント
>自然が趣向を凝らした巨岩の造形が続き
 足が達者ですねぇ。私はもう長いこと行っていないです。北斗岩から大仏岩までのあいだに比較的急な岩道があったと思いますが、あそこは足元が楽に登り下りできるよう整備されていましたでしょうか。

 「北斗岩」が Big Dipperの形をしているというのをぜひ教えてあげてください。私はひしゃくを伏せて柄を振り上げた姿を独自に発見して感激しました。ポーランド語では、Wielki Wywrotka とでました。「ヴィエルキ・ヴヴロットカ」で通じるんでしょうか。

>筑波大学生さんたちが霞ヶ浦を知らなかった
 今の人は、中学校卒業すると、もう関東平野の地図も茨城県の地図も見る機会はないのでしょうねぇ。紙の地図帳があればすぐ大きな湖が気になりますが、そんなもの今時利用する人はなく、スマホのマップでは、霞ヶ浦の湖面が現れることはまれでしょう。
 それから、土浦や阿見の市街にいても、霞ヶ浦の存在に気づくことはないのではないでしょうか。もうちょっと街中で霞ヶ浦の観光宣伝をしたほうがよいかもしれません。行方市側ではやっているでしょうね。
2017-09-22 Fri 07:31 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
>足が達者ですねぇ。
 その言い方、年寄り扱いしていますね。

>北斗岩から大仏岩までのあいだに比較的急な岩道があったと思いますが、あそこは足元が楽に登り下りできるよう整備されていましたでしょうか。
 いまでも段差が大きくてしんどいところです。今回初めてトレッキングポールを使ってみました(まずは一本)。大きな段差は別にして、太ももへの負担が小さいように感じました。

>Wielki Wywrotka とでました。
 発音は「ヴィエルキ・ヴィヴロトカ」の方がより近い感じでしょうか。

>今の人は、中学校卒業すると、もう関東平野の地図も茨城県の地図も見る機会はないのでしょうねぇ。紙の地図帳があればすぐ大きな湖が気になりますが、そんなもの今時利用する人はなく、スマホのマップでは、霞ヶ浦の湖面が現れることはまれでしょう。
 そのお話からすると、今の人にとっては、日本の形もかなり曖昧になっていそうですね。

>土浦や阿見の市街にいても、霞ヶ浦の存在に気づくことはないのではないでしょうか。もうちょっと街中で霞ヶ浦の観光宣伝をしたほうがよいかもしれません。行方市側ではやっているでしょうね。
 大岩田や沖宿の方へ行けば霞ヶ浦は目の前なのですが、意外なことに土浦の中心部からは見えないのですよね。土浦は街中の水路を潰してしまいましたが(佐原や柳川のような観光町つくりの可能性もあったのに)、せめて霞ヶ浦をもう少し活用してもらいたいものです。
2017-09-22 Fri 18:07 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
>日本の形もかなり曖昧
 はい。今に自分の住まいのまわりでは不自由なく暮らせても、自分の住んでいるところが日本列島のどのへんなのか地図でさせない学生さんが出てくるかもしれません。

 だいぶ前ですが、オーストラリアに観光旅行している学生さんかOLさんに、オーストラリアは地球儀でどこかと聞くと、東南アジアやらハワイやら明後日のほうを探す人がいるということが話題になりましたが、今となっては無理ないと思います。

 考えてみれば、カリブ海の島でインドか日本にいると思った大航海時代にもどったと思えばよいのかもしれません。
2017-09-22 Fri 21:09 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
>自分の住んでいるところが日本列島のどのへんなのか地図でさせない学生さんが出てくるかもしれません。
 ありそうです。

>カリブ海の島でインドか日本にいると思った大航海時代にもどったと思えばよいのかもしれません。
 ヨーロッパ人にとっての世界はそこまでだった時代と、138億光年彼方まで人類の認識が広がっている現代とで比較すると、現代人の脳は萎縮が始まっているのかもしれません。
2017-09-22 Fri 22:11 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
関係あるかどうかわかりませんが、私が大学の恩師から聞いた話です。この先生とはよく一緒に出張に行きました。
 で、もうスマホを持っている現代人には役に立たない話ですが、その先生は、今、自分のいる場所が日本列島のどこにあたるかを知っておいて、かつ東西南北の方向を調べ、自分のまわりに広大な日本列島の形を想像して、それを意識すれば、見知らぬ土地でも以後道に迷うことはない、と教えてくれました。もちろん、いったん飲み屋に入って出てくると簡単に道に迷うわけですが、日本列島を正しく意識するのは立派なアイデアであると思いました。

 それから、これは別件ですが、関西人は、常に東西南北の方向を意識しないと収まらないといいますね。確かに、私が京都府にいた頃は、ちょっと離れた街から尋ねてきて、世間話をしながら、「あんたのうちでは東はどっちになるんや?」と尋ねるおっさんが何人もいました。中には、「はぁーん、あんたのうちでは東はこっちなんか。わしの家では、東はもっとこっちやで」と30度ほどずれた方向を指す、わけのわからんおっさんもいました。私自身、恩師の先生に教わる前から、行く先々で、東西南北の方向を気にしていました。これは周りの人の影響なんでしょう。想像するに、昔の関西の人は京都の方向を気にしたのかもしれません。メッカの方向を大事にするイスラム教徒と同じ気持ちかもしれませんし、京都に攻め上ろうとした武田信玄や織田信長と同じ気持ちかもしれません。

 それで、関東に来ますと、そういう人はまったくいませんね。みんな、「ちょっと地図で上のほうに行って(北に行くこと)次は右折ちょっと行って左折・・・」などと言って道を説明します。関西人なら、「そうやなぁ。道に沿ってだいたい真北の方角やけど道路一本だけ東やな」などと言います。今の若い人はどういうのかわかりませんが、関西人の伝統は捨てないようにお願いします。
2017-09-22 Fri 22:41 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
>もちろん、いったん飲み屋に入って出てくると簡単に道に迷うわけですが、日本列島を正しく意識するのは立派なアイデアであると思いました。
 毎日とは言いませんが、1年に1回元日には全国地図を広げて自分が生まれた場所、学生生活を過ごした場所、今住んでいる場所などを家族で確かめ合うのを日本の新しい伝統にしたら良いと思いました。

>行く先々で、東西南北の方向を気にしていました。
 私は関東生まれですが、行った先での東西南北は気になりますね。街路が東西南北に揃った町で育ったためか、函館の様な斜めの町ではいつになっても東西南北の認識が難しく感じます。

>京都に攻め上ろうとした武田信玄や織田信長と同じ気持ち〜
 では無いですが、お城跡の藪を歩くときは道に迷わないように、太陽の方向を確認しています。
2017-09-25 Mon 12:54 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
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