2007年、33年の時間を巻き戻し天文少年ならぬ天文壮年へ再入門。隊員1名。その後の変化でただいま星空は休眠状態。郷土史、草刈り、読書、ドローンの記事が多くなっています。
ミル・マスカラスのマスク製作-プロジェクト 
2017-09-21 Thu 00:00
ヨメさんは最近地域の子どもたちと話しをする機会があるらしい。子どもたちの話しに耳を傾ける中で、私の母から聞かされた私の子ども時代の話を思い出したらしい。あんたは子どもの頃から何かのプロジェクトを立ち上げてはそれを達成していく子だったようだねと、プロレスの覆面作りのエピソードを思い出したらしい。
昭和30年代初め、当時住んでいた北区中十条の家と十条駅との中間辺りにちょっとした空き地があって、そこに街頭テレビがあった。夕食を食べ終わってから、父がプロレスを見に行くのに何度か付き合わされた。でも、今回の話と街頭テレビとは直接の関係は無い。

1708242.jpg物心つく頃には私は天文少年への道を歩んでいたが、2歳年下の弟はプロレス好きだった父の影響もあって、すっかりプロレスファンになっていた。おそらくいまでも『ゴング』を1968年の創刊号から数十年分は持っているはずだ(途中からは買わなくなったと思うが)。1971年の夏、14歳の私は弟を連れて、後楽園球場を尻目に殺して、水道橋の駅から当時文京区白山にあった『ゴング』の日本スポーツ出版社のプレハブ社屋を目指して歩いて行った。
1708243.jpgその日は、当時人気上昇中の覆面レスラー ミル・マスカラスのマスクを真似して作った手縫いのマスクを数枚持参していた。母の裁縫箱に残っていた端切れをもらって製作したものなので、いかにも女性のスカート生地という柄ものばかりで、編集者の竹内宏介さんにたいそう受けたのを覚えている。
順序としては、出来上がったマスクを持つ弟の写真をゴング社に送ったところ、それが1971年6月号の囲み記事で紹介されたので、実物を持参したのだったと記憶する(左写真)。1709082.jpgこの時に持参した自作マスクは竹内さんを通じて来日したマスカラスにプレゼントされ、マスカラスからはお返しのマスクをもらった(右写真:右はマスカラスのマスクを被った弟、左は私が作ったマスクを被った人形)。

お城友達の根本くんが担当しているFMだいごの音楽番組「根本くんと橋本くん」を聞きながらこの記事を書いていたら、なななんと相方の橋本くんがミル・マスカラスを話題にしているではないか。彼らとは近い世代だから流れる音楽が懐かしいのはともかくとして、プロレスもまた同世代感を共有するネタになることを感じさせられた。
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この記事のコメント
この雑誌記事の写真は弟さんですか。かわいいですねぇ。まあ、年がほとんど変わらない方にいうのもなんですが。
 お二人でミル・マスカラスのファンだったのですね。ファンからマスクをもらってマスカラスはさぞ喜んだことでしょう。
 
 私もプロレスファンで、マスカラスのようなベビーフェイスではなく、実力派ヒールが好きでした。ご紹介の「ゴング」の表紙のフレッド・ブラッシーも好きで力道山が生きている頃から見ていました。強かったです。噛みつき魔ですが、噛みつかなくても強かったです。実力で相手がもう十分弱っているのに、それから突然噛みつき出す悪者でした。
 それから、アイアンクローのフリッツ・フォン・エリック、この人は最高でした。マスクレスラーでは、ザ・デストロイヤーがいちばん好きでした。この人は、のちにコメディアンみたいになりましたが、そもそもは実力派でヒールでした。悪党ではありませんでしたが、覆面に凶器を入れたりしましたし、それで、どんな状態からでも4の字固めをかけて即座に試合を終わらすことができました。当時の実力派ヒールは悪役とは違い、憎らしいほど何でもできるというか、まあ最盛期のウサイン・ボルトか朝青龍のような感じでした。

 マスカラスも体躯と筋肉はよかったですが、身長体重でいうと小柄でしたね。でも、勝負には強かったです。ファン層が近いところに、ドリー・ファンク・Jrやハリー・レイスがいましたので、彼等と軽業以上の内容で対等に勝負するのはなかなか苦労したと思います。マスクをしていて悪役でないというのは当時の日本ではめずらしかったですね。当時のプロレスの話をすると止まりませんね。
2017-09-21 Thu 17:48 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
S.Uさんが挙げてくれたレスラーは、私もどれも好きでした。フリッツ・フォン・エリックが倒れたジャイアント馬場の顔面をつかんでマットの上を片手で引きずったのを見たときはなんちゅう握力なんだと驚愕しました。ザ・デストロイヤー、私も一番好きでしたね。コメディアンになってちょっと残念でしたが体力的にはピークを過ぎていたのでしょう。プロレスの技って、体の柔らかな子供同士で掛け合ってもちっとも痛く無いのですが(コブラツイストも、卍固めも)、4の字固めはまじで痛かったです。
覆面レスラーで好きだったのはカリプス・ハリケーンで、これも実力派でした。ハリケーンは確か、米国では素顔のサイクロン・ニグロで試合をしていたと思います。カリプス・ハリケーンの二つのファイトネームの語源を調べて、太平洋上で発生するのがタイフーンで、大西洋上がハリケーン、インド洋上がサイクロンというのを知りました(正確には若干違うようですが)。
私にとってマスカラスが最も魅力的に見えていたのは実は来日前でした。『ゴング』の竹内宏介さんの取材と記事が魅力的だったのだと思います。
2017-09-21 Thu 22:01 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
>カリプス・ハリケーン
 何となく記憶にありますが、同じく黒覆面でずんぐりタイプのミスター・アトミックとイメージ的にごっちゃになっています。

>来日前
「ゴング」においては、マジソン・スクエア・ガーデン(MSG)が聖地でしたね。ニューヨークは行ったことがないのですが、もし行ったらMSGにも行ってみたいです。写真や地図では見られますが、大きい立派なホールなのか、意外に場末のきたない劇場みたいなのか、想像もつきません。
 一時期、テレビでMSGの試合の録画ものをやっていました。ちょうど、ミル・マスカラスが初来日した頃ではなかったのでしょうか。

2017-09-21 Thu 22:27 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
>マジソン・スクエア・ガーデン(MSG)が聖地でしたね。
 マジソン・スクエア・ガーデンかカーネギー・ホールか、というくらいのものでしたね。
2017-09-22 Fri 17:53 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
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