2007年、33年の時間を巻き戻し天文少年ならぬ天文壮年へ再入門。隊員1名。その後の変化でただいま星空は休眠状態。郷土史、草刈り、読書、ドローンの記事が多くなっています。
米朝 とうとう死んでしもうた
2015-03-21 Sat 00:00
1503201.jpg3月19日、上方落語の大御所、桂米朝がとうとう死んでしもうた。それなりの歳だし、特にここ数年かなり弱って来ていたので、この日が近いのは多くの人が覚悟していたと思う。

 →「落語は一期一会の芸」/米朝さん金言集

米朝は自分が50代で死んでしまうと思っていたので、それまでにできることは全てやり尽くす勢いで密度の濃い仕事をした。だから、40代にしてすでに名人の域に達していた。いまの芸人では考えられないレベルだろう。多くの先人・先輩から聞き取り、記録し、伝え残したことも多い。枝雀や吉朝などの優れた弟子の早逝はあったが、多くの弟子を育て、加えて古典芸能を愛する多くの客を育てた。使命感のようなものに突き動かされた人生だったように見える。それにしても、好きなりゃこそだろうが。

今夜聞くものは決まっている、『地獄八景亡者戯』。この中に地獄の寄席の看板を見ながらの亡者たちのやりとりがある。「米朝という名で死んだ落語家はおりまへんが、あいつまだ生きてんのと違いますか」「よう見てみなはれ、肩のところに、近日来演と書いておまっしゃろ」「あれ、もうじき死ぬんや、あいつなぁ。何も知らんと今時分喋っているやろなあ。」近日来演がとれて、地獄の寄席はますます流行るやろうな。合掌。

 →桂米朝 「地獄八景亡者戯」
別窓 | 雑感 | コメント:4
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この記事のコメント
最近の上方落語の名人になっている方は、若い頃は先鋭的だった人が多いですが、米朝はんは私の知る限り昔から穏やかな語り口やったような気がします。誰もが安心して聴ける芸でしたね。
2015-03-21 Sat 20:31 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
米朝の噺には安定感と安心感がありましたね。何度も聞き直し、同じ話を他の落語家で聞いてみて感じるのは、米朝の噺の完成度の高さと無駄の無さです。他の落語家で聞いたときに「あの部分を言っておかないと、ここのオチに効いて来ないではないか」と思うわけです。噺の構成が計算し尽くされていて省けるところがないのです。でも考えてみると、後に続く人たちは省けるところがないのですから、かえってたいへんなのかもしれません。

月亭可朝にしろ枝雀にしろざこばにしろ米朝とは異なる芸風ですね。米朝の芸風を受け継いだ場合、米朝がいる限り評価を得るのは並大抵のことではないでしょうから、弟子たちが違う芸風を追求したのは個性というだけではないのかもしれません。米朝がピークを過ぎかけた頃にいい落語家に成長してきた吉朝が死んでしまったのはほんとうに上方落語界にとっての大損失だったと思います。息子の米團治が継承してくれるでしょうか。
2015-03-22 Sun 12:28 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
 先に亡くなってしまいましたが、先代の桂文枝が地味ながら落ち着いた芸でした。私は、あのホッとする笑顔が好きでした。文枝の弟子たちは派手で全然違いますから、弟子にはそういう戦略をわざととらせていたのですね。
2015-03-22 Sun 22:43 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
先代文枝はほっこりした話し方で、米朝とはまた違った雰囲気で落ち着いていました。当代文枝や文珍などは師匠とは違いますね。TV時代ということとも関係あるかしれませんね。
2015-03-23 Mon 00:13 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
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