33年の時間を巻き戻し天文少年ならぬ天文壮年へ再入門。隊員1名、200mm、65mmの望遠鏡と双眼鏡で星空を楽しんでいます!
『瀧口先生の「滝口入道」』を読んで、書き留めておきたいこと
2010-05-07 Fri 00:00
『週刊朝日』(2010年4月23日号)「週刊図書館忘れられない一冊」にノンフィクション作家の一志治夫氏が『瀧口先生の「滝口入道」』という短いエッセイを寄せていた(→転載)。教育に情熱を傾ける高校時代の担任とそれに応えることの無かった自分たち生徒との温度差について、当時のエピソードを交えて語られていた。これを読んだとき僕の記憶の中からも甦る風景があった。

1972年9月29日の日中国交正常化の1週間ほど後のホームルームのときだったと思うが、「君たちはTのこと、なんとも思わないのか。同級生の母国と日本が国交断絶したというのに、Tのことが心配にならないのか」、瀧口道生先生は唐突にそう話し始めた。Tの親が中華民国出身だと言う事は知っていたが、凡庸な僕には日中国交正常化のニュースと、いつもおちゃらけている同級生とを同じコンテキストの中で捉える力は無かった。泣きそうな表情で生徒に訴えかける瀧口先生を見て、「しまった」と自分の不明を恥じるのが精一杯だった。

100505.jpg秋の記念祭(文化祭のこと)の最終日、片付けが終わった後、瀧口先生と僕たちクラスメートは吉祥寺の井の頭公園へ繰り出した。そこで何をして時間をつぶしたのかあまり覚えていないのだが、最後に公園の野外音楽堂のステージへ一志も僕もみんなで上がって瀧口先生を真ん中に、岡林信康の「友よ」を合唱した。1972年秋の一夜の事だ。

僕たちが3年生になった春、瀧口先生は3年間勤めた僕たちの高校を退職し1年後に国立大学医学部へ入られた。今も、井の頭公園の野外音楽堂の前を通るたびに、岡林の歌と幼すぎた16歳の僕たちの姿がアンバランスな風景のまま甦ってくる。

[野外音楽堂の写真はネット上の写真をお借りした]
別窓 | 天文空白の時代 | コメント:4 | トラックバック:0
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この記事のコメント
これは、考えさせられるお話しですね。いつも世でも、そういうところまで考えられる若者は少ない、それも若者の良いところかも、とも思うのですが、最近は、こういう指摘をしてくれる先生も少なくなってきたのではないかと思います。社会の動きで気になることは若者と議論しないといけませんね。(たいていの場合はうるさがられるでしょうけど)

 ところで、この岡林の「友よ」は、徹夜の観測会で、夜明け前の闇の中で歌うには最適です。
2010-05-07 Fri 22:39 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
東大闘争の時代を生きて来た熱い世代の先生に対し、半分以上冷めてしまっていた僕たちの世代、明らかに温度差がありました。それでもいまの高校生に比べるとまだ熱かったように思います。

「友よ」は夜明けを待つ歌ですが、観望会では夜が明けない方がいいかも。
2010-05-08 Sat 08:04 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
お久しぶりです。忙しくしてますが元気です。
私も高校時代、一人の風変わり?な先生と出会ったことを思い出しました。その先生は地理が専門でした。プレートテクトニクスの事から東大闘争の事まで、教えてくれました。かなり温度差はありましたが、世の中は一つの方向からだけで見てはいけない。と、言うメッセージだと感じてました。本当のところは不明。でも何回目かの授業から普通になってました。大人の事情…私はそれを理解していたと思います。
その先生もこの春で定年。感謝の気持ちで、花を贈ったら大変、喜んでくれました。

人が成長するために、いろんな出会いが必要なんだと、あらためて思います。
2010-05-09 Sun 00:36 | URL | FLUID #-[ 内容変更]
FLUIDさん、こんばんは。

特に若い時代には多面的な物の見方、思考の方法を示してくれる人に出会うことが人生の財産・肥やしになると思います。FLUIDさんはその先生とこれまでも連絡を取っていたのですね。私も何人かの先生とは今も連絡を取っています。
2010-05-09 Sun 21:51 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
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