2007年、33年の時間を巻き戻し天文少年ならぬ天文壮年へ再入門。隊員1名。その後の変化でただいま星空は休眠状態。郷土史、草刈り、読書、ドローンの記事が多くなっています。
里帰りする心の寄り代 西中筋天文同好会会報80号発刊を祝う
2010-01-15 Fri 00:01
100113.jpg2009年も押し詰まった12月30日、西中筋天文同好会の会報WEB版31号が発行された。これは手書き印刷版から数えて通巻80号の記念号になるという。一口に80号と言っても、同好会結成から39年、会報創刊から37年の歴史には、様々な転機があっただろうことは想像に難くない。この年月を続けて来られたのはS.Uさんの情熱に負うところが大きいとは思うが、遠方の友から届く期待を感じるからこその情熱だったのではないだろうか。

中学生が結成した同好会、少年少女は成長し、いつか故郷を離れるときが来る。

以前、S.Uさんが「特にたいした活動をしているわけではありません。せっかく復活させた火を絶やさぬようにしているだけという感じです。将来のために維持しています。」と書かれていた。それを読んだとき、いろいろな意味で良い事だと感じた。火を絶やさないようにしておく事が大切な時期もあるし、火の番は一人でもできると思うので。

故郷を離れた少年少女たちも、人生のあるステージを終えて、いつかまた故郷へ戻るとき、故郷へ目が向くときが来る。その時のために火を消さない様に守っておきたいというS.Uさん。それはきっと、幼き心、若き心が里帰りするときの灯台のような目印・寄り代になるのだと思う。
今夜の観測:21:50。昨夜よりもシンチレーションがかなり酷くてコントラストが低下し北極冠とアキダリアの海がなんとか見えているくらい。変光星は、ε Aur3.7等、ο Cet5.0等、P Cyg4.9等、R Lep7.3等、RX Lep5.7等、T Mon6.6等、U Mon5.7等、W Ori6.0等、α Ori0.6等。

 火の星を追う獅子東空駆け上る
 火の星も今夜は川底の石となり

鼻頭の火星を追うようにしし座が東の空へ駆け上って来た。寒いといいながらも春の星座が後に続いてくる。ただ、今夜のシーイングの悪さでは火星観望は諦めだ。
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この記事のコメント
かすてん様、我らが同好会会誌をご紹介くださいましてありがとうございます。
そのような立派なものでもないのですが、他人事のように聞くとそれらしく聞こえてしまいます。身に余る光栄です。お励ましと受け止めて、何とか次は100号を目指したいです。今のペースではさらに7年後です。急ぐ必要もないのですが、何とか早めたい気もします。
 今はwebなので発行は楽なのですが、印刷版を49号まで発行した時の努力を今思うとやはり夢のようです。
2010-01-16 Sat 01:14 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
印刷版の印刷って、どのようなものだったのですか?発行部数とか、当時のメンバーの人数とか、中学から高校と状況も変化していったと思いますが、活動内容など、西中筋天文同好会について「 同好会の自己紹介」よりももう少し詳しく教えてください。
2010-01-16 Sat 19:12 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
かすてん様、では、簡単にですがお答えします。以下は、中学3年~大学3年までの年代の時(印刷版1~48号)の話です。

会員数:正会員6名 (実質的に入会を宣言しそれを継続した人); 準会員約10名(時々、イベント参加、協力、会誌に投稿した人)

活動:観測会、会誌発行、普及イベントほか、webの「同好会の略歴」参照。他の会との交流や、見学・取材などもした。

会誌: 
発行部数:号ごとに違うが、十数部であったことが多い。

印刷方法(印刷場所): 青刷りコピー(会員宅)、ガリ版印刷(S.U宅)、トーシャファックス(高校の好意による)、電子コピー(街のコピー屋) というように号によって違うが、ガリ版の場合が多かった。ガリ版ヤスリ、鉄筆、原紙、修正液のセットを、毎週のように学校で受け渡しした。

表紙写真: 白黒写真のDPEをS.Uを含む会員宅でやっていた。キャビネ版の白黒プリントを表紙に貼る(電子コピーで代用することもあり)

いちばん苦労したのは、印刷道具の確保と維持でした。
2010-01-16 Sat 21:31 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
S.Uさん、詳しい説明をありがとうございます。
正会員6名は西中筋乃至は福知山時代の中学高校の同級生でしょうか。白黒写真のDPEを共同で行うために結成と書かれていましたが、結成メンバー2名の一人はやはりS.Uさんなのですね。ガリ版道具一色を学校で受け渡しというところに時代を感じます。私の感覚では街の電子コピーが手軽に使える料金になったのは大学へ入った頃でしたから、高校時代にはそうそうコピーはできなかったと記憶しています。
印刷版1~48号はS.Uさんの元には全巻完存なのですか?
2010-01-18 Mon 12:06 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
かすてん様、お尋ねありがとうございます。昔の高校生のやっていたことは今と違っていて、我ながら確かにおもしろいと思います。
 ご質問の答えはすべて Yes です。正会員6名は、同じ中学校の同学年でしたが、全員、同じ高校に進学しました。

電子コピーは当時B5版1枚で20円くらいしたでしょうか。高校時代は、1部に1枚が限度でした。なんせ、1部30円で発行するのが予算でしたから。

印刷版はすべて手元にまとめてあります。また、全ページスキャンしてPDF化してあります。青刷りコピーは10年で退色して読めなくなると言われていましたが、37年たった今でも青い字で読めます。
2010-01-18 Mon 21:25 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
1970年前後の中高校生が何を考え何をしていたか、おもしろい話題などを差し障りの無い範囲で紹介していただけると、私も玉青さんも大喜びすると思います。
2010-01-19 Tue 09:16 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
それでは、また機会があれば、御ブログへのコメントや、こちらの会誌のどこかで披露させていただきます。

中高生時代の天文同好会にまつわるエピソードには事欠きませんし、なんせ、33号ぶんの資料も残っていますので。
2010-01-19 Tue 20:30 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
中高時代の会報33巻は今となると貴重な歴史的史料だと思います。
2010-01-20 Wed 07:49 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
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