2007年、33年の時間を巻き戻し天文少年ならぬ天文壮年へ再入門。隊員1名。その後の変化でただいま星空は休眠状態。郷土史、草刈り、読書、ドローンの記事が多くなっています。
暮らしのなかで、星をきっかけに、豊かな多様性を育むことの大切さ
2009-12-29 Tue 00:21
091228.jpg東亜天文学会(OAA)『天界』2009年9A月号に星の伝承研究室の北尾浩一さんが『ほんとうの星物語を語り伝えるということ』を特別寄稿されていた。その中で「暮らしのなかで、「感じること」「考えること」「語ること」の多様性が「人間としての豊かさ」「人間の尊厳」に直結する」と書かれている。そしてOAAの現在の混乱に心を痛めながら「『天界』が、星をきっかけに、「感じること」「考えること」「語ること」の豊かな多様性を育み続けてくれることを願いながら...。」と結ばれている。

暮らしのなかで、「感じること」「考えること」「語ること」の多様性が「人間としての豊かさ」「人間の尊厳」に直結する

私が『星のふるさと』と鈴木壽壽子さんの生き方に深い感銘を受けたのはこういう理由だったのだと、北尾さんの文章を読んで改めて理解できた。まさに『星のふるさと』は壽壽子さんが暮らしの中で<星を通じて>、感じ、考え、語ることから生まれ、それが壽壽子さんの豊かな感性や技量を育て、人間の尊厳の対極にある公害問題を真剣に考えるきっかけになったわけですから。

mars0912281.jpg今夜の観測:月明かりがだいぶ大きくなってきた。火星、かなり高くなってきたのに揺らぎは収まらず、模様があるのは分かるがどんな形かを認識するのは難しい。ε Aur3.7等、ο Cet4.1等、RX Lep5.8等、T Mon6.2等、U Mon6.1等、W Ori6.0等、α Ori0.6等。
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この記事のコメント
公害と火星
こんばんわ、ももで~す。
ワタシ的には、鈴木さんは公害の問題に星を絡めたのだと思います。ですが、今でも公害と火星の観測とがどうしても結びつきません。もちろん鈴木さんやその手法を否定するものではございません。
むしろ、
公害であれ、星の世界であれ、そのありのままを客観的に見据える姿勢こそが大切なのだと言いたいのだと思っております。
火星の砂漠に巻き起こる砂嵐と、住んでる町の大気に起こっている大気の異変。
どちらも真実を求める目があるからこそ見えてくる世界なのだと思います。見えないものは描かない、確実に見えている姿をありのままに描写する。
逆に、そういうフィルタを通さない目を通して現実を見ようとしてたのだと思っております。

2009-12-29 Tue 01:20 | URL | もも #wyffVNu2[ 内容変更]
宇宙は一つしかないのに、人間はそれを多様な見方で見ようとする。中には、フィルタをかけずに見ようとする人もいれば、思いっきりフィルタをかけて見る人もいる。おもしろい、というよりも、ありがたいことだと感じます。
 ももさんのおっしゃる通りかもしれないと思いました。壽壽子さんは、住んでいる生活の場から見える火星のそのままの姿を未来の人たちに残そうとされたのでしょう。火星はずっと未来になっても無くなりませんから。

 北尾浩一さんの『星を見よう! おじいさん、おばあさんの星の話』(ごま書房 2004)もご推薦したいと思います。私たちのごく身近な人たちが、いっしょに生活しながら夜空の星々のことを身近な友達のように語ってくれるようで、うれしいです。
2009-12-29 Tue 08:41 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
ももさん

>ありのままを客観的に見据える姿勢こそが大切~
 私も鈴木さんの観測者としての優れた点がそこにあると感じています。このことはご本人が「ほんとうの大きさ」「一字の橋」「ひろった火星」「結びにかえて」などの中で繰り返し言及されていますから、強く自覚されていたのだと思います。

>見えないものは描かない、確実に見えている姿をありのままに描写する。
 鈴木さんのこういう厳格な態度が無ければ、見事な火星スケッチも疑いの目で見られたかもしれません。

>公害と火星の観測とがどうしても結びつきません。
 とは、どういうことでしょうか。


S.Uさん

>おもしろい、というよりも、ありがたいことだと感じます。
 「ありがたいこと」とは変わった表現ですが、もう少し説明してもらえませんか。

>火星のそのままの姿を未来の人たちに残そうとされたのでしょう。
 「一字の橋」の表現を借りるなら、未来の人が解読するために、現在の自然界のそのままの姿を受信し、未来の人たちへ残すのが観測者の仕事と考えられていたのでしょう。
 
最近、北尾さんのことも気になって仕方がありません。ご紹介の本はすでに注文してあります。S.Uさんからのお勧めが加わり、届くのが楽しみになりました。

さぁ、明日30日は(一応の)仕事納め。年末年始は天気の大幅な崩れは無さそうなので観測納めは大晦日、引き続き観測初めとなりそうです。
2009-12-29 Tue 18:22 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
> 「ありがたいこと」
うまく説明できませんが、「星を見る」ということに人によって様々に違う捕らえ方があり、そのどれも価値がありそう、ということで、客観的な観測も良し、生活の一部にするのも、文学のネタにするのも、哲学でも、歴史でも、いや、ただぼーっと見ているだけでも良し... なかなかそういう分野はないので、ありがたい話だと思いました。

 北尾さんの本が入手可能で良かったです。また、ここでご紹介下さるのを楽しみにしています。
 
2009-12-29 Tue 19:27 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
こんばんわ、ももで~す。
公害の実態を表すのに、火星の観測を取り上げることの関連性があるとは思われないからです。
たぶん、鈴木さんが生活の中で採り得る公害という相手に、向き合う手段の中にたまたま火星の観測というのがあったのだと思います。
そこに空気の汚染の進行を示す、透明度の変化とか気流の異常が見つかるかもとかの論理的なことは意識しなかったと思います。

そういうことは誰かにまかせておいて。
ただその空気を通して見た火星の姿を留めることにのみ自身を費やしたのだと思ってます。
そこから何かが得られるか得られないかは置いといて、とりあえず今の自分にできることをしていくということなのかと思います。後に、誰かによってその評価を受けられるだけの客観的な観測をしておくのだと。
とりあえず、何かしらそういう行動をおこさないといられないような心境だったのだと思います。

もっとも~
かすてんさんのように、鈴木さんを研究したわけではなく。
漠然と氏のご本を読んだだけなのでとんでもない勘違いをしているかもです。
2009-12-29 Tue 20:44 | URL | もも #-[ 内容変更]
こんばんわ、ももで~す。
〈訂正〉
たぶん、公害という相手に鈴木さんが生活の中で採り得る手段の中に、たまたま火星の観測というのがあったのだと思います。
2009-12-29 Tue 20:53 | URL | もも #wyffVNu2[ 内容変更]
ももさん

公害と火星の観測についてのご意見をありがとうございます。別のところで、「公害のひどさと火星のスケッチがどういう関連があるんだ」というのを見たことがあったので、類似のことを提起されたももさんにお聞きしたかったのです。

鈴木さんご本人のお言葉で伺うすべが無い今となっては親しい方々のお話から推察するしかないのですが、鈴木壽壽子研究家のかすてんとしては以下の様に考えています。

明確に反公害の意識を持って1971年の火星観測を始められたということではないようです。秋になって火星スケッチを『天ガ』へ送る頃になると「この夏、この星に見守られて、公害病のために亡くなられた方々に捧げたいとおもう。」(『星のふるさと』p27)と公害を意識した行動が見られます。一方、72年暮れから報告を始められた流星塵観測は大気の状態を記録することで公害に苦しむ人の助けになる記録を残すことを意図されています。73年の火星観測を始めるに当たってのスタンスははっきりと分かりません。この時期は流星塵観測がメインですから、火星はやはりお楽しみで、対話の相手みたいな存在だったのではないかと思います。
2009-12-29 Tue 23:07 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
S.Uさん
 人が多様な見方をしたくなるような宇宙の存在そのものを、ありがたいと感じられたということですね。
2009-12-29 Tue 23:11 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
こんばんわ、ももで~す。
流星塵の観測については、ワタシはほとんど存じないので分かりませんでしたが。
時期的なことや公害への向き合い方を鑑みるに、その観測は公害を意識したものだと思わされますね。
いずれにしても、火星の観測と流星塵の「客観的な観測」という向き合い方は変わるものではないと思います。
2009-12-29 Tue 23:16 | URL | もも #wyffVNu2[ 内容変更]
ももさん
>「客観的な観測」
 これは壽壽子さんの観測態度の神髄ともいうべきものでしょう。ご本人は観望のつもりのスケッチでも客観的記録になっていたからこそ、専門家にも立派な観測として受け入れられたわけですものね。
2009-12-29 Tue 23:26 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
ももさん、かすてんさんのご見解をお聞きして納得してしまいましたので、それにさらに付け加えることはあまりないのですが、私は、1971年の火星大接近というビッグ天文イベントの直前に望遠鏡を入手されたことが大きいのではないか、と思います。
 これは完全に私の推測ですが、壽壽子さんは、火星を自分の観測の原点、あるいは運命の相手のようにとらえられたのではないでしょうか。または、かすてんさんの引用された『星のふるさと』p27に「十五年目にただ一度」と書かれていますので、周期的に接近する火星は人間社会の変化を記録するのに良い指標になると考えられたのかもしれません。
2009-12-30 Wed 08:26 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
15年という時間の長さ
S.Uさん、ももさん

壽壽子さんがどの時点で火星に憧れ始めたかは想像するしかありませんが、『星のふるさと』p26に「三十年以上も夢でしかなかった」とありますから少なくとも1941年の大接近はご存知だったと思われます。しかし、この大接近は戦時中でしたし14歳の壽壽子さんには遥かに遠い存在だったことでしょう。ですから戦後初めての1956年の大接近はぜひ見たかったはず。でも、忙しくてそれどころでなく機会を逃したのだと思います(私と同期の赤ちゃん誕生の年でした)。壽壽子さんはおそらく1971年はこれが最後のチャンスと思って望遠鏡を購入されたのだと思います(望遠鏡は火星を見る為に購入されました)。実際、次の大接近をご覧になることはなかったのですから。
そういうわけで、長年の夢であった火星観望と公害とを結びつける必要は無いように私には思えます。時間経過とともに「何かの役に立つだろうか」と少しずつ気持ちが変化して行ったということだと思います。

自分の頭の中も整理でき、良いスレッドになったことに感謝します。
2009-12-30 Wed 09:04 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
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