2007年、33年の時間を巻き戻し天文少年ならぬ天文壮年へ再入門。隊員1名。その後の変化でただいま星空は休眠状態。郷土史、草刈り、読書、ドローンの記事が多くなっています。
シリーズ 現代の天文学16『宇宙の観測II -電波天文学』
2009-09-22 Tue 00:50
0909202.jpgシリーズ 現代の天文学全17巻の刊行もいよいよ大詰め、残り数巻の完成を待つばかりになった。最新刊は『宇宙の観測II -電波天文学』。

■最初に宇宙電波を発見したのはベル研究所で雑音の研究をしていたK.G.ジャンスキーで、1931年のこと。1933年、35年の論文で電波は銀河系の中心の方向から来ていると結論。しかし、その後の配置転換で研究は中断。ノーベル賞以上の業績を上げながら1950年に44歳の若さで亡くなった。
■巨大なパラボラアンテナに象徴される電波天文学はハナからアマチュアの領域ではないというのが一般的認識だろう。だが、草創期にはそうではなかった。ジャンスキーの発見に大いに刺激されたG.リーバーはイリノイ工科大学在学中からジャンスキーに問い合わせて自作の受信機を改良していた。卒業後ラジオ製作会社に勤務しながら1937年に自宅の庭に口径9.5mのパラボラ型アンテナを作った。これが世界初の電波望遠鏡、そしてリーバーは当時唯一の電波天文学者だった。1940年に初めて電波天文学の論文を発表、1944年には電波地図を発表。戦後もハワイ、タスマニア島、オタワなどで独自の観測を続けた。そして、この電波天文学の偉大な創始者は、2002年タスマニア島で91歳の生涯を閉じた。
■1942年にドイツの爆撃機の妨害電波かと思われたものが実は太陽電波の発見であり、1963年にはクェーサーが発見され、宇宙背景放射の発見は翌1964年、1967年には太陽風のシンチレーションを調べている中で偶然パルサーが発見された。電波天文学の分野は偶然の発見に満ちている。
[「第1章 電波天文学の誕生と発展」より]
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