2007年、33年の時間を巻き戻し天文少年ならぬ天文壮年へ再入門。隊員1名。その後の変化でただいま星空は休眠状態。郷土史、草刈り、読書、ドローンの記事が多くなっています。
高エネルギー加速器研究機構(KEK) 2009年見学記
2009-09-10 Thu 00:01
0909081.jpg物理ファン科学ファンのお楽しみイベント、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の一般公開は年に1回8月末または9月初めの日曜日に行われる。初めて行ったのは5年前だが当時はまだ天文復帰も素粒子物理の復習もしてなかったのでBファクトリーの「B」がB中間子の意味ということすら分かっていなかった。それでも初めて見る巨大な装置群は十分好奇心を刺激してくれる大人の遊園地のような面白さがあった。
今年の公開日は9月6日の日曜日。午後の3時間ではあったが久しぶりの見学を前回以上に楽しんで来た。[今年は左図の場所を見学]

以下は、「加速器オタク、加速器小僧、カソクキッズ」の方のみご覧下さい。
→これまでの関連記事:09年08月09日 09月05日 09月06日

0909076.jpg駐車場は一杯。果ての果てに止めることになった。帰るときにはさらに車が増えていてびっくり。そうとう遠くからも来ているようだ。

0909072.jpg受付で会場案内地図とスタンプラリーの台紙を受け取り探検開始。
[案内地図とスタンプラリー台紙]

0909071.jpgS.Uさんの持ち場である3号館と周囲の建物群は最後に回ることにして、巡回バスに乗って最外郭の実験棟を一巡りすることにした。
[3号館屋上から研究本部周辺を眺める]

0909075.jpgまずは電子陽電子入射器である線形加速器(リニアック)から。
[リニアック棟を背に、周辺は筑波山を間近に臨むこんな田園?風景]

0909063.jpgこの前段加速器は世界で2番目に長い全長600mとある。という事は私の学生時代に世界最先端の実験を行っていたスタンフォード大学リニアックの次ってことか。KEKでは主実験用でなくリングへの入射器としてのみ使われていることに装置の巨大化への年月を感じた。ただし、ここのリニアックは電子銃から125m加速させヘアピンカーブで180度向きを変えて483m加速するという変則型。理由を聞くとBファクトリーの前計画のトリスタンで使われていたリニアックを延長増強したため十分な土地を確保できなかったという極日本的な理由だった。
[この壁から手前が延長部分だそうだ]

0909064.jpg次はフォトンファクトリー。1周187mのリングの円周上に設置された電磁石でビームの向きを内側に変えるときに外側へ振り落とされる放射光を周囲に配置された20以上の実験ステーションで受けるようになっている。
[写真は実験ステーションのあるホール。右側の厚いコンクリート壁の向こう側にビームリングがある]

0909065.jpg1周3kmのBファクトリー主リングには4カ所に富士・日光・筑波・大穂という名称の実験場が置かれている。これはトリスタン時代にはリングの4カ所で衝突実験を行っていたときの名残だそうだ。現在は富士・日光・大穂実験場は主に加速部分。
[写真は富士実験場の地下トンネル。右側のコイルの巻かれているチューブは陽電子、左側のチューブは電子が流れる]

0909066.jpg日光実験場に設置されている世界で唯一KEKオリジナルクラブ空洞[写真]。電子と陽電子のビームはビームラインの中を一様に飛んでいるのではなく、バンチという2μx110μx7mmの固まりになって飛んでいて、衝突地点では1.3度の角度で衝突させる。角度を付けているのは衝突後に電子と陽電子を再度分離し易くするため。ただし、角度が付いた状態では正面衝突にならない。そこでバンチにキックを与えて蟹の横ばい状態で飛ぶように変えることで正面衝突を実現できるという。なので名称が蟹=クラブ空洞。電子用と陽電子用があるはずだからもう一つは公開エリアになっていない大穂実験場にでもあるのか?

0909067.jpg筑波実験場にはBファクトリー唯一の衝突点がある。衝突点の周囲は検出器の複合体Bell測定器[写真]が取り囲んでいる。

Bファクトリーは世界の追随を許さないルミノシティ2.11x10E34/cm2/secを誇っているがそれを10~40倍にする計画があるらしい。早ければ来年から3年計画で改造が始まると聞いた。とうことはその間はBファクトリーの見学は出来ないということかも。

0909068.jpg陽子シンクロトロン(KEK-PS)はKEKでもっとも古い加速器で、1977年に8GeVで始動したのは私の学生時代の事だ。筑波大学の友人を訪ねた際に高エネルギー物理学研究所(KEKの前身)へ見学に訪れたときにはまだこの加速器しかなかったのだ。当時世界の加速器競争へ名乗りを上げるにはあまりにひ弱な印象を持ったものだが、その後の改良で出力を12GeVまで上げ、原子核や物性やニュートリノ実験に使われてきた。最近ではこのKEK-PSで生成したニュートリノを岐阜県神岡鉱山跡地下にあるスーパーカミオカンデで検出してニュートリノ振動を確認するという大発見に寄与した。東海村にできた大強度陽子加速器(J-PARC)の始動によって2006年3月末日をもって運転を終了したそうだ。
[3号館屋上からKEK-PS主リングの埋まった土塁を眺める]

3号館では屋上からの展望を楽しめる他、科学おもちゃで遊べるコーナーが置かれていた。ここはちびっ子で溢れ返って活況を呈していた。その一画では熱すると音が出る「レイケ管」の実演に精を出すS.Uさんの姿があった。
[写真撮り忘れた!]

0909069.jpgその代わりと言っちゃ何ですがこの写真はヨメさんからS.Uさんへの質問。陽子シンクロトロン棟から3号館へショートカットで歩いている時ひまわりとネギが植わっている花壇(?)を見つけた。これってなんですか?

0909073.jpgスタンプラリーは17カ所の内12カ所以上回るとCP対称性の破れキーホルダーがもらえるのだが、3時間では7カ所しか回れずこれはゲットできず。代わりにアンケートに答えてKEKオリジナルの小さなルービックキューブをもらった。

冒頭に「物理ファン科学ファンのお楽しみイベント」と書いたが、駐車場には全国各地のナンバープレートが並んでいることからも、この日を貴重な機会と多くの人が集まって来るのだと思われる。職員にとっては準備・対応・片付けなど手間のかかることだろうが、引き上げる見学者は大いに満足した表情に見えた。そういう私本人も。で、素人のヨメさんはと言うと、「加速器のキーワードは磁石と真空ね」という感想だった。要約し過ぎ!

[追記]トリスタン計画とKEKB計画
KEKの主力加速器でどちらも電子陽電子衝突型シンクロトロン。1986年に完成したトリスタンでは1本のラインの中を双方向に電子と陽電子のビームを走らせて4箇所で衝突させた(それが富士・日光・筑波・大穂の各実験場)。ルミノシティは4×10E31/cm2/sec。最大の目的はトップクォーク発見だったが計画されたエネルギーでは不十分だった。
1994年から建設の始まったKEKBはトリスタンのトンネルとか機材をかなり流用したようで、ゼロからの建設に比べて割安でできたと聞く(1999年完成)。形態上大きく違うのは電子と陽電子を別のビームラインに分けた(8枚目の写真に2本見えます)ことと、衝突地点を筑波実験場1箇所にしたこと。ルミノシティはトリスタンの500倍、先行していた米国スタンフォードPEP-II加速器の2倍にまで向上し、PEP-IIを停止に追い込んでしまった。最大の目的であったB中間子によるCP対称性の破れを発見しその目的は達成された。来年から3年計画でルミノシティをさらに10~40倍にする改造が始まるらしい。
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この記事のコメント
私がつくばにいた頃は「トリスタン」て名前だったような気がするのですが、いつのまにか違うモノになっていたんですね。
昔の一般公開で、トリスタンとフォトンファクトリーを見たのは覚えています。写真を見せていただいてもどこがどう変わったか分からない節穴な眼の私です。
2009-09-10 Thu 00:36 | URL | ふくだ #mQop/nM.[ 内容変更]
ふくださん
日食の船上観測、大成功で良かったですね。あの船には鈴木壽壽子さんの件でお世話になった方が大勢乗られていたので私も同乗したかったです、不可能ですが。
ふくださんはトリスタン時代に見学されたのですか。1994年からKEKBの建設が始まったそうですから行かれたのはかなり昔ですね。フォトンファクトリーは当時から大きな変更は無いと思います。大きく変わったのはKEKの主力加速器である電子陽電子シンクロトロンをトリスタンからKEKBへ大改造して強化した点です。
上に[追記]として違いを簡単に書いてみました。
2009-09-10 Thu 11:29 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
かすてん様、KEKの詳細記事ありがとうございます。特に、トリスタン→KEKBについての解説までありがとうございました。
ただいま旅先なので、のちほど「ネギ畑」についても確認してフォローさせていただきます。
2009-09-10 Thu 16:25 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
かすてんさんのblogにたびたびお名前の上がっているS.U.さんて、○○○による○○の○○の観測報告でお名前を良く拝見する、あのS.U.さんなのですね。今日の記事を拝見して、初めて気づきました。
2009-09-10 Thu 17:14 | URL | meineko #-[ 内容変更]
S.Uさん
ご出張中ですか。お帰りになられましたらネギ畑の件、調査をお願いします。
加速器の記事は自分用の覚えとしてまとめてみました。そもそも加速器小僧であればすでにご存知のことでしょうし、興味の無い方はスルーでしょう。間違いありましたらご指摘ください。良く分からなかったのが線形加速器の世界ランキングの部分です。当日の説明で600mは世界第2位の長さとお聞きましたが、世界一は自分の知識ではかつてのSLACかと思ったのでそれを書きましたが、もしかしたら現在はLHCかなんかでしょうか。

meinekoさん
S.Uさんも筑波学園都市民ですね。「小惑星による○○の○○の観測報告」ってことかな?
2009-09-10 Thu 18:23 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
meineko様、この「業界」では複数の方面に実名で報告などを出しているので、どこかで判明する仕掛けになっているようですね。ご近所ということでよろしくお願いいたします。それほど熱心な観測者ではないのですが、「小惑星による○○」は1990年頃から細々とやっております。

かすてん様、今も出先なので、KEK関連の件は、もう少しお待ちを。「リニアック」の件は確かなことはわかりませんが、SLACの次がKEK(いずれも電子)ということで良いと思います。LHCやTevatronはブースターという小型リングに蓄積してから加速し、主リングに打ち込むので、リニアックが必ずしも高エネルギーである必要はないのです。
2009-09-12 Sat 23:35 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
S.Uさん
まだ出張中でしたか。お気をつけてお返りください。
そうですか、リニアックとしてはあのSLACに次ぐ大きさになっているのですか。
そして、入射器として必ずしも高エネルギーのリニアックが必要というわけではないことも分かりました。そういえば、トリスタン時代はPF-ARの所は蓄積リングでしたよね。このときは、リニアックから入射して蓄積リングで加速して、主リングへ入射していたということでしょうか。
2009-09-13 Sun 21:38 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
かすてん様、
 ありがとうございます。無事に戻って参りました。今回は出張ではなく「私事」だったのですが、それについてはまたの機会に。

 トリスタン時代は、おっしゃる通り蓄積リング(AR)で加速して主リングに入射していました。主リングに入射する時のエネルギーは最大8GeVと現在の直接入射のKEKBと変わらないのですが、 当時は、リニアックのJアークが無く、加速性能も低かったので、3GeVくらいまでしか加速できず、よって、ARで追加の加速をする必要がありました。この加速には多少の時間がかかったので(数秒だった?)、時間のかせぐために、ある一定量をARに溜めてから(蓄積)加速して主リングに入射していました。
 リニアックとリング型にはもちろん一長一短があり、短時間に高エネルギーまで加速するためにはリニアックが良いのですが、経済効率はリング型がいいです。リング型は放射光が出ますが、これは想定する目的によって、メリットにもなりデメリットにもなります。

「加速器オタク」の方以外にはどうでもいいような、専門的な話になってしまいまして、すみません。
2009-09-14 Mon 06:49 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
あのJアーク延長によって長さ的には約4割増がエネルギーでは3GeVから8GeVへと2.5倍増しになったのですか。
このスレッドは「加速器オタク」の方しか見ていないのが前提なのでご心配なく。
2009-09-14 Mon 09:22 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
>ネギが植わっている花壇
 現地を見てきました。
 どこの部署に問い合わせたらよいのかわかりません。KEKの公式の業務として栽培しているものではないと思います(笑)。

 円形を2つ連ねたかたちの花壇のそれぞれの中心に1つずつだけ植わっていることから、これらは苗から植えたものではなく、買ってきたネギを再生生長させたのではないかと推察します(株のうちから1本だけを残して植えるという技があるといいます)。誰かが料理に使った残りを植えておいて、また冬に鍋でも、ということかもしれません。

[追記] KEKBのルミノシティ増強計画は「2倍」ではなく10~40倍です。電流は2倍程度の増加ですが衝突点でビームをさらに絞り込むことによってルミノシティを大幅に上げることが考えられています。
2009-09-15 Tue 07:59 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
S.Uさん
お帰り後の出勤早々、ネギの花壇の外観調査をありがとうございます。
ヨメさんもたくさん余ったネギは庭に植えて必要なときに切り取って使っていますので、あの不思議な花壇が目に止まったようです。近くにKEKの食堂があってそこの方が植えているということでしょうか。ヨメさんの推測では、夜勤の研究者がぶっかけうどんを食べるときの薬味ではないかと推察しておりました。さらに、この件を明るみに出したことで花壇が撤去され夜食が味気ないものとなってしまうとしたらたいへん申し訳ないことだとも言っております。
KEKBのルミノシティ増強計画は「2倍」ではなく10~40倍でしたか。これはまた大きく間違えていました。直しておきます。ルミノシティの歴史のグラフを見ると、スタンフォードのPEP-IIは頭打ちになって停止したような印象ですが、KEKBはいまだにじりじりと上昇している様に見えます。基本設計の良さと日夜続けられている微調整の賜物でしょうか。これをさらに改造して一挙に40倍ですか。孤高の電子陽電子コライダーですね。
2009-09-15 Tue 13:23 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
ネギ> その花壇の付近は、食堂もなく、また、長期滞在者等による「生活臭」もあまり感じられないところです。ナゾですねー。

ルミノシティ>データ量が命のKEKB/Belleのような実験で新しい結果を出し続けるにはルミノシティが上がり続けることが必須です。新しい論文を出す際に、データ量が前回の測定の5倍くらいになっていないと画期的に新しい知見は得られにくいという事情があります。仮にルミノシティが足踏みしているなら、5年のデータ蓄積で出した結果を画期的に更新するにはさらに20年のデータ蓄積が必要であることになり、これでは現実的でありません。
2009-09-16 Wed 06:37 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
5倍のデータですか。KEKBはじりじり上昇中などと言っていられないわけですね。これはむしろ生き残りをかけた改造と言うべきですね。
ところで、あれだけの巨大な装置になると、機械屋さんはパーツ毎に分化しているでしょうし、機械屋さんとデータ分析屋さんも分化しているのですか?S.Uさんは両方携わっていらっしゃいましたよね。
2009-09-16 Wed 12:37 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
研究者の分化> 加速器理論、素粒子論、加速器(装置)、素粒子実験というようには分化していますが、機械屋と機械を使った測定屋とデータ分析屋はそれほど分化していません。私も装置と解析の両方をやっています。もちろん、得意な分野の違いはあるので、ひとそれぞれウエイトの置き方は違うと思います。

 天文のアマチュアと同じような状態と思っていただいてよいのじゃないでしょうか。望遠鏡を自作したり装置の選定して購入する人はやっぱり観測もするでしょうし、観測をすれば、結果をまとめて報告したり関連する文献を研究したりしますよね。
2009-09-17 Thu 18:18 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
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