2007年、33年の時間を巻き戻し天文少年ならぬ天文壮年へ再入門。隊員1名。その後の変化でただいま星空は休眠状態。郷土史、草刈り、読書、ドローンの記事が多くなっています。
鎌倉権五郎の墓参り
2020-11-18 Wed 00:00
昨日の話の続きになるが、鎌倉権五郎景正と言えば、牛久の桂川のほとりに墓があることをかなり以前に郷土史の師匠大竹房雄先生からお聞きして、今度いっしょに見に行きましょうと言いながらついに果たせぬ約束になってしまった。ということで、まずは休日の朝のうちに歌舞伎『暫』を見て、午後に現地へ行って来た。話は逸れるが、この『暫』の配役がすごかった。十二代目團十郎、二代目松緑、七代目梅幸、十六代目仁左衛門、十七代目羽左衛門、六代目歌右衛門、初代辰之助、、、と、卒倒しそうな顔ぶれ。

2011163.jpg権五郎が目を洗ったというおみたらしの池
 後三年の役で手柄を立てた後、鎌倉へ帰る途中、敵清原方の鳥海弥三郎に右目を射抜かれるが、ひるまず弥三郎を打ち倒し、怪我の手当てをするため見つけたのが「おみたらしの池」。現在は窪地だけが残っている。裏の竹藪の奥に、抜いた矢を納めたという矢の根神社がある。

2011162.jpg桂川のほとりにある鎌倉権五郎の墓
 目を洗った後、鎌倉へ向かうが力尽きて川へ落ちて果ててしまったという。その場所に建つ墓。

2011164.jpg位置関係図
 鎌倉権五郎の墓と伝わる場所はこの他にも、三重県鈴鹿市矢橋町の大日堂跡、長野県飯田市上郷飯沼の雲彩寺にもあるという。ここの場合は、南側を鎌倉街道が通ることから、権五郎伝説が生まれたのではないかと想像する。
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