2007年、33年の時間を巻き戻し天文少年ならぬ天文壮年へ再入門。隊員1名。その後の変化でただいま星空は休眠状態。郷土史、草刈り、読書、ドローンの記事が多くなっています。
尾崎石城くんたちの暮らしをのぞいてきた
2020-09-07 Mon 00:00
8月末に『新訂 幕末下級武士の絵日記』について紹介した。その主人公・尾崎石城くんたちがくらした忍城城下町を見たくなって行田へ行ってきた。最高気温38℃にもなるクソ暑い日だったが、彼ら下級武士や町人の町を自転車でめぐってみた。
[下の図は、図録『城絵図と忍城』掲載の「忍城今昔地図」に一部加筆]
尾崎石城のくらした忍城下町

行田・忍公民館で自転車に乗り換え、すぐ南側の一画、石城くんの家があったと思われる界隈の路地を自転車で通り抜けて大蔵寺へ向かう(写真)。2009019.jpg大蔵寺も隣の遍照院も今でもそのままの場所にあり、閑静な佇まいを残していた。ここらは毎日石城くんが行ったり来たりしていたところ。公民館近く水城公園のVert Cafeで昼食休憩してから、清善寺を抜け、牢屋跡、馬出跡、高札場跡を見ながら町人町の東の外れ長徳寺跡(現愛宕神社)までを往復した。

土浦同様に行田の町も空襲を受けなかった幸運に加え、強引な道の付け替えが少なく、近世の街路、水路(暗渠含め)、町割が保存状態良くパッケージされた貴重な城下町だと感じる。もう少し近くに住んでいたら何度も行って街中をくまなく自転車で走ってみたい街だ。

前回の記事にも追記したが、こちらにも紹介しておこう。
『石城日記』原文は慶應義塾大学文学部古文書室が所蔵し、現在ネットで閲覧することができる。本文全文を読むことができるのはもちろん、挿絵の色彩や細部まで書籍よりもかなり鮮明に見ることができる。
 →文学部古文書室 展示会>資料4:『石城日記』
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