33年の時間を巻き戻し天文少年ならぬ天文壮年へ再入門。隊員1名、200mm、65mmの望遠鏡と双眼鏡で星空を楽しんでいます!
天文少年になる直前の夏の思い出
2016-05-16 Mon 00:00
1605071.jpg小学校5年の夏の林間学校は、武蔵野市の宿泊施設のある富士吉田へ行った。その行き帰りのバスの中は当時人気上昇中のブルーコメッツの歌で盛り上がりに盛り上がった。私は世間の流行に疎く、グループサウンズが流行り始めている事などそれまでまったく知らなかったのだが、帰宅する頃には、「何処へ」「ブルー・シャトウ」「マリアの泉」など何曲かは歌えるようになっていた。
1605072.jpg林間学校で覚えた曲はそればかりでない。富士吉田の施設の近くで見た雪代(ゆきしろ)と呼ばれる水無し川のような地形、これに着想を得たPマンが♪富士吉田の雪代散歩するたけ彦みち子の二人づれ〜と歌い始め、まもなくクラスで大合唱。当時からかわれていた二人には迷惑この上なかっただろうが、小5のガキどもが歌う替え歌が「金色夜叉」とは、今にして思うとそうとうぶっ飛んだ話だったと思う。

林間学校から戻って数日後、友達3人と近くの広場でやっている団地の夏祭りを見に行った。アマチュアバンドがエレキギターを聞かせてくれて大満足。それに続くのど自慢大会を見物していたら、自治会のおばさんから「出場者少ないからあんたたち出てちょうだい」と言われ、そんじゃぁ覚えたばかりの「ブルー・シャトウ」を歌ってみようとほとんど躊躇なく舞台へ上がった。舞台の袖でちょっとだけ合わせて、いきなり3人アカペラで歌い切って、堂々の優勝。優勝賞品は自治会らしく洗剤の大箱。3人でジャンケンして、勝ったPマンが洗剤本体、2番目の私は「優勝」ののし紙、負けたKくんは手ぶらで帰った。
この日の思い出には続きがあって、私たちが無邪気に歌っていたその頃、そこから300mほど北を流れる玉川上水の千川取水口に水死体が引っかかっているのをクラスのK子が見つけていた。それは翌朝聞いた話。

以上、小5の林間学校に纏わる思い出話だが、どこかで既に書いたような気もするのだが、、、。この夏が去って秋が深まる頃、私は天文少年への一歩を踏み出す事になった。
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