2007年、33年の時間を巻き戻し天文少年ならぬ天文壮年へ再入門。隊員1名。その後の変化でただいま星空は休眠状態。郷土史、草刈り、読書、ドローンの記事が多くなっています。
『強い力と弱い力』 エキサイティングな素粒子物理学現代史
2013-05-06 Mon 00:00
素晴らしい本を見つけてしまった。あまりに素晴らしいので続けて2回読んでしまった。

1304073.jpg『強い力と弱い力』 大栗博司 幻冬社新書 880円 2013年

2012年7月4日、CERNによってヒッグス粒子の発見が発表され、これによって素粒子の標準模型は完成したということのようだ。この機会にヒッグス粒子と最近の素粒子物理学について復習しておこうと図書室で本書を借りて来た。

まず最初のところで、今回のヒッグス粒子発見の報でよく目にした「ヒッグス粒子は物質の質量の起源」は正確さを欠く事が解りやすく整理されている。
 物質の質量〜原子の質量〜原子核の質量〜陽子の質量+中性子の質量
 陽子(中性子)の質量〜クォークの質量(1%)+強い力のエネルギー(99%)
つまり、「ヒッグス粒子は素粒子であるクォークの質量の起源」であって「物質質量の1%へ寄与しているだけ」というのがより正しい。本書の副題は「ヒッグス粒子が宇宙にかけた魔法を解く」だが、まずいきなり目から鱗、マスコミによってかけられた催眠術を解いてくれた。そして、さらに読み進むうちに本書の真価はこんなものではないことも分かって来た。

ヤン-ミルズ理論、トフーフト、漸近的自由、パリティ非保存、BCS理論、自発的対称性の破れ、南部-ゴールドストーン・ボゾン、カイラル対称性、ワインバーグ-サラム理論、電弱統一、、、学生時代から耳や目では馴染んでいたが、物理学それも私のような実験系の学部学生レベルには遥かに遠いところの話と感じられていた手強そうな事柄ばかりだ。しかし、本書を読んで、いくつかの事柄については30年振りに何となく分かったような楽しい気分になれた。

特に、重力、電磁気力、強い力などに比べて分かり難くつかみ所が無いと感じていた弱い力について、ヤン-ミルズ場という土俵が用意されたことで、電磁気力と弱い力と強い力の間に共通する性格が見えてきて力の統一理論へと進めたこととか、南部-ゴールドストーン・ボゾンは自発的対称性の破れが起きると生み出される質量ゼロの粒子で、超伝導状態(相転移によって自発的対称性の破れが起きている)へ電磁波(光子)が入ろうとすると南部-ゴールドストーン・ボゾンと合体して質量を持ってしまうために超伝導状態の物体内へ磁力線が入り込めなくなる「マイスナー効果」が起こると説明されることとか、ここまででも得るところは沢山あった。そして、この辺りまで読めば、超伝導の話だけでなく素粒子の世界での「質量のない粒子が質量を持つようになる」というその先のヒッグス粒子へ続く筋書き(南部陽一郎の思考の流れ)がなんとなく見えてくるのもよくできた構成に感じられた。

ワインバーグが弱い力の3つの謎((1)Wボゾンの質量、(2)対称性の無いもの(種類の違う素粒子)を入れ替える、(3)フェルミオンの質量)をヒッグス場で解いていく部分は本書のクライマックスだろう。一見対称性が無い様に見えても、それは本来あった対称性が何らかの場によって自発的に破れている姿なのだという考え方から、カイラル対称性を破るためだけにヒッグス場が持ち込まれる。ちょっとご都合主義的で様々な場が導入される口実になりそうではあるが、ヒッグス粒子が見つかってしまったということは、ヒッグス粒子を予言しない「テクニカラー理論」ではなく予言する「ヒッグス理論(ヒッグス場の導入)」が正しかったことになるわけで、少なくともここまでのところ自然はそのように振る舞っていると認めざるを得ないということのようだ。いやぁ、実におもしろい。

ヒッグス粒子の発見はすばらしい成果だが、ここへ至る過程で名の通った天才たちが繰り広げてきたパッチワーク的知的冒険の歴史はそれにも増してエキサイティングであり、その流れを知ることでヒッグス粒子発見の意義を理解できることを本書は教えてくれる。そして、20世紀後半の素粒子物理学史を彩る多くの天才たちの中でもとりわけトフーフトと南部陽一郎の並外れた天才っぷりが特に印象的に描かれている。

本書はこの難しい分野を驚異的に分かりやすく解説している希有な本だと感じたが、私の理解不足から間違った紹介をしているかもしれないので、ご興味ある方はぜひご自身で読んでいただきたい。

なるべく蔵書を増やしたくないので図書室にリクエストをして借りて読むことにしているが、この本は図書室で借りて読んだ後も手元に置いておきたいので改めて自分で買ってしまった。ともかく、記事のタイトルにしたように「エキサイティングな素粒子物理学現代史」として素粒子マニア必読の一冊として推薦したい。
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