2007年、33年の時間を巻き戻し天文少年ならぬ天文壮年へ再入門。隊員1名。その後の変化でただいま星空は休眠状態。郷土史、草刈り、読書、ドローンの記事が多くなっています。
Googleによる東北地方太平洋沖地震情報サイト
2011-03-14 Mon 08:35
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Googleの災害関連情報サイトをご紹介。

Google Crisis Response 東日本巨大地震(東北地方太平洋沖地震) これはGoogle力を感じさせるサイト。
GoogleのPerson Finder (消息情報): 2011 日本地震 消息探しの情報共有ページ。便利な機能だが、緊急の場合とは言え、個人情報を書き込む際には「適切な範囲」を考慮して欲しいと思う。
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近隣地域と知人の状況が少しずつ分かって来た
2011-03-14 Mon 00:00
午後、地域の様子を見回りがてら、近くのスーパーと役場まで歩いてみた。
昨日はレジを表に出して営業していたスーパー、今日は正常(に近い)体勢だった。食料品は一人一品一個までとして買い占めできないようになっている。しかし、水のボトルと牛乳は売り切れ。その他のドリンク系はまだある。東北地方に供給源のある調理済み総菜類の棚は空。その他の未調理食材は見たところそれなりに並んでいた。レジも普段に比べてむしろ空いている印象。役場の近くの保健センターが給水場所だが、給水車はおらず給水を待つ人も見当たらなかった。ここら辺は井戸を持つ家も多いので、案外近隣から頂けているのかもしれない。行き帰りに、瓦が落ちて屋根にブルーシートを掛けている民家をたくさん見た。瓦屋さんはしばらく大忙しだろう。

居住地区の何人かの方とすれ違った。瓦や軒が無惨に崩落してブルーシートが掛かった自宅前で掃除をしている方、地震当時たまたま散歩中にその崩落を目の当たりにしていた方、地域の長老、瓦が大々的に被害を受けたため知人とともにシート掛けをしている最中の方、その方の土浦市内にあるご子息の治療院は移転を余儀なくされる程のダメージだったと言う。数年前に下水道工事をした部分には陥没と液状化が。

今日は、車がとても少なくて国道を渡りたいときに安心して渡ることができた。徒歩の人を滅多に見ない土地だが、普段に比べると歩いている人を見る機会が多かった。ガソリンが心細いからだろう。

「棟梁」から電話。同好会の共同観測所と自身の作業小屋は、多少の落下はあったものの無事だったとの知らせだった。良かった。

1103112.jpg写真は地震直後の我が家の台所。見た目は凄まじいがこれは片付ければ復旧する(今日の時点ではまだ片付かないが)。

千葉県佐原の友達から電話が来た。少し前にようやく電気が通じたとのこと。水道・ガスはまだらしい。そこは埋め立て地のため、液状化が起こり揺れながら自家用車が少しずつ埋もれていったと言う(あわてて移動させて救い出したらしい)。自宅の屋根瓦がかなり落ち、立て付けも歪んで窓が閉まらないと言っている。近隣には液状化した水が床上へ吹き出したお宅もあるらしい。

土浦市職員の友達から電話。水道は相変わらず止まっているらしいが、実家の井戸で飲料水は確保していると言う。所属する部署では指揮命令系統が稼働せず上位部署からの指示が届かないらしい。合併後の弊害だろう。

つくば市の水道も復旧が遅れている。職場の女の子も近くの公園の水道から飲み水を確保していると言っていた。それじゃホームレスだよ。あれ、なんで公園の水道は出るのかな?住宅地とは別配管?

県南の水道関連事業団に勤める友達の情報では、壊滅した浄水施設もあるらしい。

千葉県浦安に住むヨメさんの弟家族からの話。液状化現象で沈下したコンビニのことを聞いた。

函館でも津波の被害があったと知ってびっくり。函館の対岸、北斗市上磯の師匠へ電話。元気な声を聞かせてもらえて一安心。しかし、朝市へ出店している知り合いの店舗は流されてしまったのだろうな。函館の西埠頭にある函館ミートハウスというライダーハウスがどうなっているのかも心配だ。

那珂湊と大洗に住む友達の様子がいまだに分からずとても心配。

昼間、気象庁の記者会見を見ていたら、3日以内にM7以上の余震が起こる確率が70%以上と発表していた。いまも、不気味に押し寄せる数多くの余震の中でこれを書いている。
今夜の観測:ε Aur3.6等、RX Lep5.7等、U Mon6.7等、W Ori5.8等、ST UMa6.7等。
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| 霞ヶ浦天体観測隊 |

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