2007年、33年の時間を巻き戻し天文少年ならぬ天文壮年へ再入門。隊員1名。その後の変化でただいま星空は休眠状態。郷土史、草刈り、読書、ドローンの記事が多くなっています。
『星のふるさと』 -背景-
2009-03-26 Thu 00:10
0903035.jpg鈴木壽壽子さんが火星、月食、流星塵などのすばらしい観測記録を残し、また読者の心に長く残る随筆を書かれた背景について、分かる範囲でいくつか挙げてみる。

■鈴木壽壽子さんが最初に火星を観測された1971年の接近というのは、火星接近の中でも特に「大大接近」とも呼ぶべき観測最適期に当たっていた。とは言っても6cm屈折経緯台であれだけの記録を残されたのだから鋭眼であったことは疑い様も無い。
■『星のふるさと』文中にご本人自ら書かれているように、鈴木さんはもともと手先が器用だったが、それだけでなく絵やデザインの才能にも秀でていた。「八朔の星」に「「器用と針忠実(はりまめ)は別物」と案じられていたとおりに、豊かな時代をよいことにして、バーゲンあさりを事とする、テンボの女に育ってしまい、~」と書かれているのは事実とは逆のものすごい謙遜なのだ。
■「ひろった火星」に「(見えている模様の記録よりも見えない模様の記録)と思って描いたつもりだった(あやしいと思うものは全部省いた)」と書かれているが、このことから鈴木さんは科学的、客観的に物を見ることのできる方だと分かる。物理化学を専攻されたほどの理系少女で、若い頃からそうした観察態度が養われていたと想像できる。
■四日市公害という地元の社会問題を真剣に受け止めたことが鈴木さんの問題意識を高めてスケッチや記録を残す作業を後押ししたのだろう。
■幼少期より、おばあさまやお友達と星を見上げ星について語り合う環境・習慣があったことや、野尻抱影の作品が好きだったことなども『星のふるさと』に結実していると言える。
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