
ペルセウス座流星群の写真には露出にバルブ(あるいはタイム)を使えるカメラが必要だったので、久しぶりに古(いにしえ)のフィルムカメラを使った。しかし、出来上がってきた傷だらけ指紋だらけのネガやプリントを見ながら、現像行程を人に任せるフィルムというメディアにはもはや貴重な記録は残せないことを感じた。今回は流星が巧く写った写真がほとんどなく、傷が付こうが指紋が付こうがどうでも良いものが多かったのはかえって幸いだったが、貴重な瞬間を捕らえた写真にはそのような処理をされたくないものだ。フィルムを使う場合には、仮にへたくそな処理をされても腹が立たない程度のどうでも良い写真ですと割り切って写さねばなるまい。[この写真の他にも傷がいっぱい付いていた]