2007年、33年の時間を巻き戻し天文少年ならぬ天文壮年へ再入門。隊員1名。その後の変化でただいま星空は休眠状態。郷土史、草刈り、読書、ドローンの記事が多くなっています。
『星のふるさと』 -衝撃のデビュー-
2008-09-30 Tue 12:18
最近やっている調べものというのは『星のふるさと』とその著者鈴木壽壽子さんについてだ。今回は観測界デビューとなった「6cm屈折望遠鏡による火星スケッチ」が世に出たときの事。

0809254.jpg 1971年10月号で募集された火星の観測記録の中から12名のスケッチが選考され翌1972年6月号で発表された。因みにこの号は誠文堂新光社創立60周年記念号でもあった(左)。

0809255.jpg 応募はどのくらいあったものか分からないが、12人の観測記録が選ばれ誌面に掲載されている。一人一人の記録へ付けられた佐伯先生の講評は厳しくもあり、また若い人へ向けた励ましにも満ちている。こういう記事は評価された本人にはもちろんのこと、その他大勢の読者にも勉強になる。古き良き時代の雑誌の姿を見るようだ。

 鈴木壽壽子さんは25点のスケッチを提出されその中から4点が掲載された(右)。佐伯先生はこれに最も長い講評を付けられ、かつ正の評価ばかり。末尾に感動の気持ちを露にしその衝撃の大きさを表明されている(→講評)。(上のスケッチの現物はカラーです)との但し書きが印刷されているが、確かに今となるとカラー印刷でないのが残念だ。

 付け足しで申し訳ないが、鈴木さんの下に掲載されている松田勝己さんの観測も、その正確さ、ていねいさ、素直さが高く評価されている。
[写真は『月刊天文ガイド』1971年10月号より]
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『星のふるさと』 -発端-
2008-09-27 Sat 00:03
最近の調べものから。

0809252.jpg『月刊天文ガイド』1971年10月号p28~29に載った村山定男先生の「大接近の火星」という火星スケッチを紹介する記事(左)とその末尾に付け足されたわずか3行の小さなおねがい記事(右下)、これが『星のふるさと』誕生のきっかけになったことは「結びにかえて」で著者鈴木壽壽子さんご自身が次のように書いている。

0809253.jpgちょうどその頃、「天文ガイド」誌に「火星スケッチ募集」の記事が載りました。たまたまそれを読んだ私は、素人の絵日記ではおかどちがいの筋だろうと一度は思いました。でも、(原色スケッチは少ないかもしれない。もしも、このスケッチを見てくださった方がお一人だけでも、私の街の空が裁かれるとき、あの街のあの星空が裁かれるのだと、温かく静かに空のゆくえを見守ってくだされば、スケッチブックに残された影のある思い出に、私が耐えやすいかもしれない。)そんな気持ちに押し流されて、「炎の上の火星」とタイトルを入れてあったスケッチブックを、そのまま編集部へ送りました。[『星のふるさと』結びにかえてより]

鈴木壽壽子さんと『星のふるさと』が37年の時を越えて私の元までやってきたその発端がこの小さな記事だったかと思うとなんとも不思議な感じがしてくる。
[写真は『月刊天文ガイド』1971年10月号より]
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星を迎えられる夜をただ待つのみ
2008-08-26 Tue 18:56
この前中井さんにも「最近の関東の天気は壊滅的ですね」と言われてしまったが、最近だけでなく春以降ずっと壊滅的なんですと言いたい。それなのに毎日なんでネタが見つかるのか自分でも不思議。

080826.jpg 今日8月26日は本田実氏の命日だ。最近、鈴木壽壽子さんのことがきっかけでお知り合いになった広島のS氏からご自身が1991~92年に新聞に41回連載された本田実物語『星のハンター』のコピーを頂いた。ジュニア向けに書かれた文体は分かりやすく読みやすく雨の休日の昼下がりの読書に打ってつけだった。連載の最終回に紹介されていた本田実氏の文章が心に残った。
 あれやこれや、夜毎空が晴れて山小屋の屋根をあけると、星のほうでそこに待っていてくれる。
 なにもしつらえなくても星のほうで待っていてくれるなんて、なんともったいないことか。
 (中略)
 悠久の空にある星々や彗星や新星にものを尋ねる、このことさえも謙虚さを欠き、思い上がりにもおもえるのに、今夜も次々と星は昇り、わが山小屋を訪れてくれる……。迎えるのは、たった一人だと言うのに。
[1990年本田実氏が亡くなられる少し前に書き残された文章より]
昇り来る星をただ迎えるのみの心境か。今の自分の心境は差し詰め「星を迎えられる夜をただ待つのみ」と言ったところ。
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「星のない夏」が気づかせてくれること
2008-07-05 Sat 00:12
鈴木壽壽子『星のふるさと』(誠文堂新光社 1975)から

080609.jpg     星のない夏

 1973年は、再び火星の近づく年にあたっていた。私たちは、星の澄む夜更けに、昇る火星を待ちながら、銀河のほとりの幾つかの散開星団を、視野に迎えてたのしもうと、夏の夜空が更けるのを待った。
 でも、今年の夏私たちは、天の川のかかる夜を、もてなかった。いつもならば晴れた日の夜空には、目ぼしい星はかかるはずなのに、今年は「夏の大三角」がやっとだった。
 何かが、ぼんやりと、私たちの町の空に、重くたちこめていて、その一隅に、街の灯をうつした雲が、ちぎれた古綿のように積みかさなって、じっとしていた。
 夏中、陽が高くなると光化学スモッグの予報や注意報が出て、空全体が蛍光灯のような色に白かった。
 それを、ある人びとは、異常気象のせいだと言った。ある人びとは、石油工場の煙突が急に高くなったからだと言った。
(煙塵帽が大きくなって、私たちの町まですっぽりその中に入ったのではなかろうか)と考える人もあれば、自動車の排気ガスのせいだと言う人も現れる。誰もが本当のことを本当に知らないままで、そうなのだろうと言い言いした。
「煙塵帽」といっても、活字を知っているだけだし、10キロメートルから20キロメートルはなれた場所から見ると、その街の大気汚染が一目でわかると、誰かが、どこかで話したことも、また聞きをまた聞きしただけの話だった。
 複雑化して広がる汚染の話を聞くたびに、確かなデータが欲しいと思う。大気汚染の裁判も、素人が傍らで考えたほどすぐ黒白はつかなかった。人が死んでも証拠にならない。そんな気のするもどかしさの中で、原告の人々は、目に見えぬ大気汚染の証拠を固めねばならない。そのとき、ほんの励ましほどのデータも、私たちの手にはなかった。なくて当然だが、あのときそれがあったら・・・と思う。
「データがあったら。空も水も、すきとおっていた昔から、星の見えかた一つでも、貝のありかた一つでも、十年見続け、見くらべ続けた、確かなデータが、その土地の人の手にあったら。星の写真を写すついでに、同じ星座を同じ方法で写しくらべたものがあったら、星が大気の変わる姿を、話しているのが聞こえないかしら・・・」
「あ、の、なあ」
うしろから、いつもの声が笑って近づいた。
ふり返った私に、笑顔の目だけが厳しかった。
「”あったら”言うまに、やったらどうや。十年経った暁には、今夜も十年昔やろ!?」
<以下略>
【『星のふるさと』は絶版本のため実物を手に取って読んでいただける方は少数だと思われるので少し長く引用させていただいた。右上写真は太田大八氏の扉絵】
 ここ数年なんとなく天気の様子がおかしい、空の透明度が落ちている、真冬に抜けるような真っ青な空が無くなった、いつもの同じ時期よりも天候不順が顕著、異常気象が頻発、最近の日本の天気は昼間も夜も変、今年の天候はいつもと違うよう、週間天気予報は全く当てにならず翌日のも外れることが度々、、、。星のブログや掲示板でたびたび目にするコメント。私だけでなくかなりの人が感じているからだろう。30年前に『星のふるさと』で鈴木寿寿子さんが書いていたのはこのことだったのかと思い当たる。ひとりひとりが毎夜積み重ねているささやかな記録が何かの役に立たないものか、鈴木寿寿子さんならずとも考えてしまう。
★★
 著者の鈴木寿寿子さんのその後のことを含めて消息を知りたいと思う今日この頃。「八方手を尽くす」とまでは行かないが、私のこの思いがご本人あるいはご存知の方へ届けばと思っている。
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星へ行ける技術で星の見える地球に
2008-06-07 Sat 00:23
0806062.jpg 梅雨入りしてからの方がむしろ天気が良い感じ。でも夜はもちろん曇り。

 「火星や土星から木星へと主役の交代の時期」とやっさんが書いていた。昨年末の接近から半年も過ぎ、たしかに火星は小さな点になってしまった。

 37年程前の大接近の時、6cm望遠鏡で火星のすばらしいスケッチをされていた鈴木壽壽子(寿寿子)さんという主婦の方がいた(『星のふるさと』著者)。その火星に日本時間の5月26日、NASAの探査機フェニックスが着陸した。ロボットアームで表土を掘削して氷の存在を突き止めるのが今回の最大のミッション。さっそく発見の報が届きそうな状況らしい。
 →NASAのPhoenixMarsLanderのページ
こういうニュースに接すると、一見人類の科学技術は飛躍的に進歩しているかに見えるが、一方では命の綱の地球大気を清浄化することさえできない程度の技術に過ぎないことも事実。

 星へ行ける技術で星の見える地球にできないものか。
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からす かんざぶろの祈り
2008-04-08 Tue 00:21
昨日の春爛漫から一転、今夜は豪雨が屋根を叩いている。

080407.jpg 昨夜スピカの南側の地味なからす座を写しながら鈴木壽壽子さんの『星のふるさと』にあったからす座の十字星のことをふと思い出した。

 おしゃべりが嵩じたためにお仕置きを受けて星座にされてしまったからすが「十字星を見せてあげようか」と壽壽子さんへ話しかける童話風のエッセー。なぜか心に残っている。
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火星最接近の夜ですが
2007-12-20 Thu 00:38
071122.jpg12月19日夜、曇り。今夜は火星の最接近日だが見られないからと言ってこれはあまり悔しくはない。どう転んだって65mm、139倍ではモヤモヤとした模様モドキにしか見えない。やはり『星のふるさと』の鈴木壽壽子さんの眼はどんなだったか知りたい。
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火星接近中
2007-12-08 Sat 00:45
0712044.jpg 12月19日は火星接近。とはいっても2003年8月の6万年ぶりの大接近時には視直径25.11秒あったものが、今年は15.9秒ということで見栄えはいまいちだろう。だろうというのは03年にはまだ天文復帰していなかったので知らずにいたからだ。そういうわけでほんとうに久々に望遠鏡で眺める火星。6.5cmで見える火星の模様はスッケチしようにもつかみ所が無い(相変わらずへなちょこ画しか描けない。だってこう見えるんだもの!)。6cmでスケッチをされた『星のふるさと』を書かれた鈴木壽壽子さん、どんな眼を持っていたのか!

0712072.jpg0712073.jpg今夜の観望:まずはルーチンのホームズ彗星とタットル彗星から。その後火星を眺めるがやはり模様は朧にしか見えない。変光星はミラの他に5つほど見る。X Monを探すついでにM50に立ち寄る。
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鈴木壽壽子『星のふるさと』
2007-11-28 Wed 00:52
071122.jpg 火星接近の季節になってきました。

 この前、火星のへなちょこスケッチを載せたところ、それをご覧になったほくとさんがご自分のブログのコメントの中で、小口径による火星スケッチに関連して鈴木壽壽子(寿寿子)さんの『星のふるさと』を紹介してくれた。この本はももさんもお持ちだと言う。また、アン次郎さんも以前「一冊の本」でこの本に纏わる思い出を書かれている。小品ながら多くの人の心に残る本らしい。
 遅ればせながら私も読みたい。でもすでに絶版。ではあるがネットショッピングのありがたさ、さっそく古本で手に入った。

 1972年、四日市公害訴訟判決の時代、私は16歳の高校1年生だった。その前年の71年と翌73年に四日市コンビナートのフレアスタックの炎を透してわずか6cm望遠鏡でこんなにも精細な火星スケッチを描いていた(私の両親と同世代の)主婦がいたのかと驚くばかり。散文詩のような文章の中には星と日常生活への著者の祈りが幾重にも畳み込まれている。鈴木壽壽子さん、今でもご健在なのだろうか。

『星のふるさと』 鈴木壽壽子・文 誠文堂新光社 1975 550円

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